天王寺蕪(てんのうじかぶ)

生産農家:西野 孝仁さん
大阪市東住吉区

11月に入り、ようやく肌寒く感じるくらいに気温も下がると大根や蕪がおいしくなる。なにわの伝統野菜・天王寺蕪もそのひとつ。蕪の実は直径10センチ程度、対して茎と葉は60センチ以上の長さに伸びる、扁平の姿をした蕪なのだが、最近は料理人の関心をひく食材として認められつつある。

大阪市長居公園の近くで代々続く農家の西野孝仁さんを訪ね、天王寺蕪の魅力についてうかがった。西野さんは春菊を代表に、季節ごとに収穫できる多様な品種の野菜を栽培。約10年前からは天王寺蕪の他に、勝間南瓜(こつまなんきん)、田辺大根(たなべだいこん)、玉造黒門越瓜(たまつくりくろもんしろうり)など、なにわの伝統野菜作りにも力を入れている。

「なにわの伝統野菜は難しいと言われるが、本来は大阪で育っていたもの。品種ごとの産地であった地域の土壌や環境はどうだったか、昔の作り方を参照すれば、栽培できる」と西野さん。例えば、天王寺蕪は浮き蕪とも呼ばれるように、土の中で実が育つのではなく、土の上に乗るように大きくなる。「上町台地の東側にあたるこの辺は、西側の海に続く河口の柔らかい土壌に比べて土が硬かった。だから、蕪が自然に上へ出るよう昔ながらの土に戻している」という具合。

ただし、自然に育つほどに個性もそのまま生きてくる。そうでなくても天王寺蕪は、一つひとつ育つ大きさがまちまちで、形も揃わないし、少し大きくなると割れてしまう。「形も大きさも、数も揃えて出荷しなければ商品にならないとは考えず、使う人の目的に応じて細かく対応していけばいい」と西野さん。

大阪市内に残る希少な生産者でもあり、もともと西野さんの作る野菜はプロの評価が高い。付き合いの長い料理人は多く、小口でも応じてきたし、プロ向けの卸業者などとの取引ノウハウが蓄積されている。天王寺蕪もそうしたルートで料理人や食品加工業者に知られていった。

「普通の蕪とどこが違うのか知ってもらうことが大事」と西野さん。「茎も葉もおいしく食べられるのは、食材を余す所なく使い切る大阪の流儀とあっている。さすが大阪ならではの野菜」。葉の味は小松菜に似ているが、えぐみのないのが特徴。大きな葉は、おひたしやソテーで、若い葉は生でサラダ、つまなどに、というのがおすすめ。くせがない分、使い方の幅も広いという。

蕪自体は、小振りながら食感がよく、生でかじると肉質の緻密さと甘さが分かる。これからの季節、気温が25度以下になると大きくなりだす。「薄味で料理すればその良さが出て、白身魚との相性もいいですよ」。

かように、他の食材との組み合わせがいろいろ考えられる。「蕪といえば蒸すとか、おろすとか、和食では決まりみたいですが、天王寺蕪の使い道は多様です」と西野さん。実際、フレンチやイタリアンの料理人からの注文も増えつつある。西野さんも自身の野菜が使われている料理店に出かけ、実際に食べて確かめたり、料理人と話したり、交流を広げることで得られた情報を野菜作りに生かしている。ジャンルにかかわらず大阪産の食材により多くの関心が集まる動きとつながっていくことが期待される。

[2009年10月28日取材]

西野さんは大阪府知事が認定する「農の匠」(地域農業のリーダーとして活躍する農業者)のひとり。
9月に蒔いた種が育ち、長い葉におおわれる天王寺蕪の畝。大きさはまちまちに育つので、収穫は1月中旬まで続く。
代々受け継いできた農地は公道で寸断され、周囲にはマンションやビルが建つなど、都市での厳しい環境のなか農業を続ける西野さん。

[ 掲載日:2009年11月5日 ]