コスト意識について

料理人は料理だけを考えておればよい、というものでもない。今、修業している者なら、誰もが独立して自前の店を持ちたいと思っているはず。ならば、店を持つとはどういうことか。店を続けていくにはどうすればいいか、考えなければならないことは多いのである。飲食店は、商品となる料理をお客さんに買って食べてもらう“小売業”であり、収入から支出を引いて利益が出るようにしないと成り立たない。例えば、店の規模が6席とする。1日1回転なら6人、2回転なら12人、いずれにしても毎日その繰り返しで収入を得る。席数か回転数を増やさない限り、売り上げが飛躍的に伸びるなんて有り得ない訳で、どんなに頑張っても収入には限度がある。朝から夜遅くまで時間を惜しんで料理を作っているだけでは努力は報われないだろう。腕を磨き、商品つまり料理の価格を上げていく手もあるけれど、それで成功するのは難しい。
では、どうすればよいか。お客さんを絶やさないようにして計算できる売り上げを確保するのはもちろんだが、支出に心を配ることが大事になる。店を維持していくためにどれくらいかかっているか、料理を作るためにどれくらいかかっているか。そうしたコストに対する意識を高めること。特に、まだ修業中の若い料理人には、日頃から意識するようにしてほしい。料理するために手にした材料は、仕入れ値がいくらのものかを把握するだけで、料理の売値にどれくらいの儲けが見込まれているかがわかるはず。そうすれば、コストをいくらまでかけたら採算に合うとか、店で利益を得るためにはどうすればいいかと考えるようになる。例えば、今年はソラ豆の値が高騰しているけれど、それだったらアサリとエンドウ豆でご飯を炊いてみる。大切なのは、お客さんに喜んでもらうことで、どの材料を使うか、どう料理するかは料理人しだいなのである。コスト意識を持てば、食材も注意して選ぶようになるし、材料を無駄にせず生かそうと料理も工夫するようになる。何年も辛抱して修業し、いざ独立というときに「儲からなくてもいい」という者をみかけるが、そんな姿勢で店を持つのは、嫁をはじめ応援してくれる人やいっしょに働いてくれる者に失礼というもの。
きちんと儲けを出して、将来には店も大きくしていきたいというくらいの気概をもってほしい。
[掲載日:2017年6月1日]
村田 吉弘氏の今注目する料理人
料理界では異色の経歴を持つ「レフェルヴェソンス」の生江史伸さんに注目している。慶應大学法学部政治学科卒業後、料理の道へ進み、「ミシェル・ブラス・トーヤ・ジャポン」で経験をつみ、イギリスの「ファットダック」でスーシェフをつとめ、帰国後、現在のお店を開業した人だ。僕が彼に注目しているポイントは、日本料理を勉強しているところだ。日本料理アカデミーや研鑽会の勉強会でも一緒に議論し、学んでいる。先日開催した龍谷大学のシンポジウム「日本料理の新しい味を探る」では、京都の日本料理の料理人たちと一緒に参加し、日本料理としてのラーメンスープを探り出し、発表した。もちろん、彼はフランス料理人としての視点から、フランス料理と日本料理の考え方や、手法の差にも言及していた。フレンチ、イタリアン、中華などの料理人達は、日本人であることのアイデンティティを再発見するために、是非、自国の料理である日本料理を勉強すべきだと僕は思っている。欧米人シェフたちは日本料理を勉強すべく菊乃井の厨房に研修にきている。そして、菊乃井の料理人も各ジャンルの料理人の厨房に研修に行かせてもらっている。このような動きがもっと方々で広がればと願っている。生江さんが日本料理を勉強することで、新しい発想が生まれ、生江シェフならではのお料理が生み出されていく。これからも彼の料理がどのような広がりを見せていくのか楽しみである。