料理人に科学は必要か?

川崎 寛也氏
農学博士・「味の素株式会社イノベーション研究所」

肉を焼いて、焼き脂を捨て、鍋にこびりついた残った茶色いもの(スュック)を、白ワインで煮溶かす。フランス料理の「デグラッセ」という技術である。煮溶かすのは水で行ってもよい。デグラッセは、加熱によって変性した筋細胞からアミノ酸と糖を含む肉汁が出てきて、高温の鍋と触れ合うことで濃縮され、加熱されて「メイラード反応」という化学反応が起こることで、茶色い色素と様々な香り成分がつくり出され、それらを白ワインに溶かし込む、という作業である。

さて、「デグラッセ」は水で「行ってもよい」のだろうか?白ワインと水では成分が大きく異なる。白ワインにはメイラード反応に使われるブドウ糖や果糖が入っている。したがって、白ワインで行うほうがメイラード反応が進み、香ばしい風味が強くなる。しかし濃厚だから良いのではなく、あえて水で行うことでピュアな肉の加熱香が生かされると考えてもよい。つまり、重要なのは、作業や工程の意味を理解して自由自在に品質をコントロールできることではないだろうか。そうすることで、自分が表現したい料理を、自分の思い通りに実現しやすくなるはずである。

一流料理人は、おいしさをデザインしている。おいしさをデザインするとは、見た目だけのことではなく、お客が何を感じるかを考えて本質的なソリューションを提案することである。料理はまさに「おいしさ」というソリューションをお客に提案する必要がある。科学は本質を理解するための手法であり考え方であるため、おいしさをデザインするため道具となりうる。

科学といっても、科学技術と科学的考え方を混同してはいけない。凝固剤などを使うのは科学技術を使っているだけであり、重要なことは、科学的な考え方をすることである。科学の要件を「客観性」「再現性」「緻密さ」とすると、科学的な観点で料理を理解することで、作業や工程の本質的な意味を理解し、創造性に割く時間を増やすことが可能となる。

[掲載日:2017年9月4日]