食事の時間

昨年秋、上海の「ウルトラバイオレット」というレストランは、食事の時間が4時間を超えるという長丁場であった。一般的に考えると4時間強はかなり長い部類に入る。だが、「ウルトラバイオレット」ではその時間を長く感じることななかった。
ずっと前になるが、とあるレストランで4時間近く食事をしたことがあった。メンバーは10名強、私以外は料理人であった。4時間かかった理由は料理と料理の間が長かったからである。日本料理の料理人は「極端なことを言えば、うちの店で5分待たせたら、お客さんの表情が変わる。15分空いたら怒り出すね」と話してくれた。日本料理に比べ、フランス料理の方がまだ時間的余裕はあるが、それでもこのレストランでの4時間はあまりにも長く感じられた。全体の感想として「料理は面白かったし、うまかったけれど、あれだけ時間がかかったら他人にはすすめられないね」という結論であった。
「ウルトラバイオレット」の4時間を長く感じられなかった要因は、スタートから終了まで味覚だけでなく、五感をフルに刺激してくれたからである。それは室内の空間演出、プロジェクションマッピングを使った映像の楽しみ、スタッフの動き・シーンによってそのコスチュームまで変わる、海・陸・アジア・デザートという4部構成の見事な融合、料理一品一品に対するドリンクの提供、加えたその料理に合わせての選曲など、あらゆるエレメントで食べる側に驚きと感動などを与え続けてくれるのである。そうなると、こちら側は次なる演出はどんな仕掛けがやってくるのか、さまざまな想像を働かせながら食事をとることになる。
もちろん味は「ミシュランガイド」の三つ星。料理の緻密な構成から大胆な盛り付けまで高レベルで提供されるのである。
いわば4時間という時間を、料理を軸としてどう楽しんでもらえるのかを徹底的に詰めていった結果だと思う。改めて食事の時間における音や光の演出がいかに大事であるかを再認識した一軒であった。
では前述の4時間超えの日本のレストランのことである。プロの料理人は時間については批判的であったが、料理そのものについては概ね高評価。よって2年ほど経過して再び訪れた。その時は流れるように料理が登場し、時間も2時間強という展開であった。その時の絶賛振りとそれに対するシェフの喜んだ笑顔は未だに忘れることができない。プロの料理人は料理とサービスをきちんと分けて評価することができるので、再訪となったのだが、それが一般の方々では再訪があるのかどうかについては一抹の不安を覚えた。
その数年後、件のレストランは店内を全面改装し、そこで流れる音楽や照明には細心の注意を払った。特に照明は、食べ始めた時の明るさと、デザートを食べる時の明るさは全く異なっている。食べる側が気づかない程度に照度を落としてゆき、デザートの時にはロウソクの炎を感じる照度になっていた。
このシェフも料理のクオリティを高めることに関して心血を注ぎながらも、食事をする環境をいかに大切にするかも含めて、レストランの在り方を考えていたのである。その思考は確実に食べ手の評価を高める結果となったのである。
食事の時間とは、その時間をいかに楽しくすることができるかにかかっているなと感じている。そして「間」ということに深く考えるようになった。
[掲載日:2020年3月4日]