SDGs17目標を達成する世界農業遺産

小谷 あゆみ氏
農業ジャーナリスト/フリーアナウンサー

持続可能な農業をテーマに、地方の農村を取材して歩いています。
食や農業にもSDGs(持続可能な開発目標)が求められる時代ですが、「サステイナブル/sustainable」=「持続可能」と言われても、実はピンと来ていない人も多いのではないでしょうか。
sustain(持続)とable(可能)に分解して、改めて「sustain(サステイン)」を辞書で引くと、「維持する、支える、持続させる、耐える、屈しない」などの意味があり、単に「持続」だけではなく、何が起きても持ちこたえる力、今まさに食業界に求められている「耐えて生き残る強さ」といった意味合いが含まれます。
日本風に言うと、「老舗の経営哲学」、「三方よし」、いわゆるブラックではない「ホワイトな経営」です。つまり自社だけが儲かればいいというような商売では、長続きしませんよ。
地球上のあらゆる生命体(生き物も、組織も、国家も、地球も!)みんなで有機的につながり合って生き残る=誰も排除しないことが、他者を助けるように見えて、実は自社の発展になりますよ、というのが、SDGs(持続可能な開発目標)の基本理念だといえます。

前置きが長くなりましたが、このSDGs17目標をすべて達成している農業が日本に11ヶ所あるのです。
国連の食糧農業機関(FAO)による「世界農業遺産」(Globally Important Agricultural Heritage Systems)、(以下GIAHS(ジアス))と呼ばれるもので、グローバルな食料問題において重要かつ伝統的な農林水産業システムとして、世界で22ヶ国62地域が認定され、なんとそのうち日本の11地域が入っているのです(令和2年6月現在)。世界の6分の1(17%)が日本にあるなんてすごいと思いませんか。

ご存知「和食」も無形文化遺産という世界遺産ですが、その認定がユネスコとFAOと機関が違うためか、関連性はあまり知られていません(よね)。しかし、言うまでもなく和食の背景には、日本の農林水産業があります。
世界農業遺産(ジアス)の数が一番多いのは中国の15地域ですが、何しろ国土面積が違います。それぐらい日本列島は多様な農業が営まれているのです。

日本における世界農業遺産GIAHS(ジアス)は次の11地域です。
①トキと共生する佐渡の里山(新潟 2011)
②能登の里山里海(石川 2011)
③静岡の茶草場農法(静岡 2013)
④阿蘇の草原の維持と持続的農業(熊本 2013) 
⑤クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環(大分 2013)
⑥清流長良川の鮎-里川における人と鮎のつながり-(岐阜 2015)
⑦みなべ・田辺の梅システム(和歌山 2015)
⑧高千穂郷・椎葉山の山間地農林業複合システム(宮崎 2015)
⑨持続可能な水田農業を支える「大崎耕土」の伝統的水管理システム(宮城 2017)
⑩静岡水わさびの伝統栽培-発祥の地が伝える人とわさびの歴歴史(静岡 2018)
⑪にし阿波の傾斜地農耕システムム(徳島 2018)

トキと共生する佐渡の里山
にし阿波の傾斜地農耕システム

世界的評価のポイントを、「トキと共生する佐渡の里山」(新潟県)で見てみましょう。
一時は絶滅したトキを復活させるため、佐渡の生産者自ら田んぼの化学肥料や農薬を減らし、トキのエサとなる生きものが増えたことで、現在トキは450羽にまで増えました。
トキ復活プロジェクトにはもちろん環境省や専門家が関わっていますが、驚くのは、そうした飼育下よりも野生での繁殖の方が多いこと。つまり田んぼがトキを生かしているのです。生産者のリーダーに案内してもらい、わたしもこの目で、トキが田んぼでエサをついばむ姿を見ることができました。

そうして生まれた物語のあるお米は、食味だけでなく、食べた人の心まで満たします。
佐渡では「朱鷺と暮らす郷」という認証米をつくり、環境保全型のお米のブランディングに成功しています。それは、飲食、宿泊、観光など、あらゆる島の経済に波及します。
SDGs的に言うと、島の生き残り策として、自社の利益だけを考える米作りよりも、トキのエサとなるドジョウやカエルの生息環境を整えることから始める方が、自社ブランドの向上はもちろん、他の産業全体の繁栄につながるというわけです。

こうして2011年、佐渡の農業は日本で初めて「世界農業遺産」の認定を受けました。地球の食料問題を解決する農業システムだとFAOに評価されたのです。
付け加えると、佐渡の人々はトキの絶滅という多大な損失を経験したからこそ、サステイナブルな農業を起点とした島に生まれ変わることができたと言えます。

ほかにも11地域の世界農業遺産の生み出す農産物は、棚田のお米、中山間地でのお茶やワサビ、熊本のあか牛、大分の原木しいたけ、ソバ、ヒエ、キビなど派手ではないけれど、日本人の食文化の根底に関わるものがあります。

また、「高千穂郷・椎葉山の山間地農林業複合システム」や「にし阿波の傾斜地農耕システム」をはじめ、11地域の農業が生み出した風景は、どれもフードツーリズムとしておススメです。なんといっても感動するのはその圧倒的な里山景観です。
山のくねくね道を進んだ先に、日本昔ばなしに出てくるような里山が現れると、なぜこれほどの急斜面を先人は耕したのか。機械も動力もない時代に、どれほどの苦労で何世代にも渡ってこの地を桃源郷に変えて来たのか。日本人とは何かを考えずにはいられません。

こうした伝統的な家族農業が、経済先進国の日本にこんなに多く残されていることは、和食文化同様、世界に誇るべきです。 気候変動、パンデミック、相次ぐ自然災害。この災害多発列島で日本人が生き延びてきたのは、条件不利な土地でも、人々がそこに暮らし、代々土を耕し、食を生み出してきた多様な農業があったからに他なりません。

食べるという行動と選択が、それに関わる人々を、社会を、未来を良くしないことには、本当の笑顔は生まれません。
食に関わる皆さんが、農産物が生まれる農法や地域の農業に思いを馳せ、手をつなぐことができれば、それは自身の生き残り策になるに違いありません。
そのもっとも手っ取り早い方法として、世界農業遺産11認定地域の農産物を使えば、SDGs17目標達成の一皿が生まれます。11地域の農産物をすべて盛り込んだコースを作れば、それを食べた人も17ゴール達成です。

小谷 あゆみ プロフィール

農業ジャーナリスト/フリーアナウンサー
関西大学文学部卒業。石川テレビ放送アナウンサーを経てフリー。野菜をつくる「ベジアナ」として都市と地方のフェアな関係を提唱し、取材・講演活動。日本農業新聞、月刊畜産コンサルタントなどにコラム連載中。NHK Eテレ「ハートネットTV介護百人一首」司会、エフエム世田谷「ベジアナの畑の力らららラジオ」(木)AM11時~出演中。農林水産省・世界農業遺産等専門家会議委員など 。

[掲載日:2020年10月20日]