武道に通じる味の求道

日本のカレーは洋食の流れをくんだ日本で独自に進化した料理です。いまではラーメンと同じように広い意味で和食を代表する料理のひとつに挙げられるまでになり、老若男女問わず多くの人に親しまれながら味やスタイルなどは多様化し、ますます細分化するばかり。そうしたなかで私が作り続けているのは、欧風カレーと呼ばれる種類で、小麦粉を使いルウにとろみをもたせているのが大きな特徴です。
20年ほど前、私がカレー専門の外食企業に身を投じたころ、料理人としての実績もまだないので、とにかくいろんな料理を食べて覚えるしかありません。当時、大阪は欧風カレーが主流で、評判になっていたのが『インデアンカレー』でした。作り手の立場で意識して味わうと、そのカレーには衝撃を受けました。トロっとした食感、後に大阪カレーとも称されるようになる甘辛い味わい。それまで食していたホテルのカレーともちがうし、もちろん家庭のカレーにはない味でした。そうして、私の追い求めるべき目標ができたのです。
目標それは私が身を置いていた会社で目指すカレーでもあります。カレーを作る工程はそれほど複雑ではありませんが、シンプルなだけに食材や香辛料に何を選びどう組み合わせるかで味が決まってしまう料理です。煮込むのか寝かせるのか、作り方ひとつとっても差がでたり、とにかく一筋縄ではゆきません。試行錯誤を重ねてようやく自分たちの甘辛カレーができ、改めてカレーという料理の奥深さを知るのです。私は、料理人としてひとつの料理だけを極める、カレー専門店の料理人になることにためらいはありませんでした。
やがて食材の選定、香辛料の組み合わせなど自分なりのレシピを完成させて独立し、2007年に『白銀亭』を創業しました。ターゲットは大阪本町界隈を行き交う仕事人。ランチに効率よく提供できるカウンター席にし、くせになるような甘辛い味を洗練させたルウは1種類だけ、トッピングでバリエーションを付け飽きずにリピートしてもらえるカレーを供しています。お陰様で15年目になりますが、基本的に最小の人数で対応しながらほぼ毎日予定した数量が完売できるビジネスモデルを確立させています。
カレーひとつの専門店なので、新しいメニューを考えたりすることはないのですが、毎日の仕込みに時間と手間は惜しみなく注げます。カレーといえども、鍋を替えれば味はちがってしまいますし、スパイスとなる香辛料の振り方でも味は微妙に変わるのです。一皿のカレーのために同じ日課を繰り返す毎日のルーティンワークが大切なのは、私がいまも続けている日本拳法の修練と似ています。
武道は本来心身を鍛える修業なのですが、型を重視する空手とはちがい、コンタクトに突く技も磨く拳法からはキックボクシングや格闘技の競技に向かう人も多くいます。私も一度はボクシングに魅せられましたが、いまは修業あるのみ。ストイックなまでに肉体を絞りきれば、あらゆる感覚が研ぎ澄まされるのがわかります。そうすると味覚も敏感になりますし、作ることだけでなく食べるマナーまで気になるのです。
一対一の構えは、カウンターをはさみ一人でお客さんと向き合うのと同じ姿勢なのかもしれません。そういう意味でも、いまのカレー店は、私の手や目が届く範囲でいるこの現状が、味やクオリティを保つことにつながっているのだと思います。

1977年生まれ、滋賀県出身。高校卒業後、辻調理師専門学校で基本を学び日本料理店で修業。同時に日本拳法を修練しながらプロボクサーとしてデビューするなど武道に傾倒するも、大阪から全国展開を果たすカレー専門店の創業者と出会い外食企業でキャリアアップ。欧風カレーをひたすら探求し、満を侍して独立。2007年大阪市淡路町にてカレー専門店『白銀亭』を創業。2016年には南本町に『白銀亭イトゥビル店』を出店、2店で大阪のカレーを牽引している。
[掲載日:2022年1月11日]