味も店造りもアレンジなし

全 敞一氏
韓国料理「ピニョ食堂」オーナー

私が飲食店でアルバイトしていた2000年前後、日本ではエスニック・ブームがピークを過ぎつつありました。エスニック料理も一括りではなく、各国特有の料理として細分化が進みます。例えば、中国料理では薬膳、素菜、点心など街場の中華料理とは明らかに違う中国本来の料理を供する店が現れて棲み分けが行なわれたりします。フレンチやイタリアンが定着した後に、多様な各国料理のレストランも開店してゆきます。私がバイトしていたのも、スペイン料理店やタイのカレー店でした。

そうしていろんな国の料理とかかわってきたなかで、私は韓国料理のことがわかっていないのではないかと気づきました。私たちの世代は日本生まれですし、日常的に接して馴染みがあるのは和食です。私も韓国料理といえば焼き肉とキムチの他にいくつかの料理を思いつく程度でした。そこへ韓流ブームもあり、韓国の大衆文化に興味をもつとともに韓国にも宮廷料理や伝統的な健康食などバラエティに富んだ食があるのだと再認識させられたのです。

幸いにも、京都には韓国料理の研究家なすんじゃ先生がおられます。私は先生に宮廷料理をはじめ地方料理や家庭料理といった韓国の伝統料理を基本から教わることにしました(今も教室に通っています)。同時に韓国へは何度も足を運び、各地に根付く食をリアルに実感するようにしています。料理を歴史的・体系的に学ぶこととあわせ、現地で実際にどのように調理したり食したりされているのかを感じ取るのです。日本でも多分同じでしょうが、韓国料理も高級料理から大衆料理まで領域の幅は広いし、ひとつひとつの奥も深い、加えてその時々の流行もあります。そうした物事を学びつつ実感するなかで、韓国料理とはどういうものなのか自分なりに理解するように努めてきました。

私がいま韓国料理の店舗を展開する上で大切にしているのは、オーソドックスであることです。なすんじゃ先生に最初に教わったのは、韓国の地方や家庭で受け継がれている基本的な料理でした。いわば素朴なのに滋味を感じる味なのですが、それをまず自分たちでできることだけから始めたのです。もともと当たり前のようにある味ですから根付かないはずがない、そう思っていました。

もうひとつはビジネス戦略上ですが、韓国にあるそのままを取り入れるようにしています。オーソドックスには、料理を味わうことの背景になる食文化も含まれるべきだと考えているからです。現地で実際に見聞して日本でも流行りそうに感じたスタイルは、料理もサービスも店の造りもアレンジなしで導入しています。これは、完全再現できるほどお客さんの満足度も高くなるようで確かな手応えを得ています。

こうして自分たちで考え理解した韓国料理を自分たちなりのかたちに表現してきて10年経ちました。夫婦で始めた定食屋から数えて今では6スタイルの店舗になりました。京都にいるとよくわかるのですが、味わいに行ってみたくなる価値を認めてさえもらえれば、お客さんにはどこからでも来てもらえるのです。ゆくゆくは京都の韓国料理を席巻していきたいですね。

全 敞一(ぜん しょういち)プロフィール

1983年京都府生まれ。芸大在学中から飲食店でアルバイトして食への関心を高め、卒業後も様々な職種を経験し食ビジネスに関する情報と知識を蓄えてゆく。なかでも韓国伝統料理研究家なすんじゃ女史に師事したことが契機となり、オーソドックスな韓国料理を広めたいと2012年京都川端通仁王門角に「ピニョ食堂」を開店。滋味に富むスープ中心の定食が評判となる。その後もリアルな韓国を貫く多様なスタイルの店舗を展開、京都の新しい韓国料理を牽引する。

[掲載日:2022年4月6日]