店は夢を盛る器

松尾 慎太郎氏
「弧柳」主人

日本料理が非日常性を高めるためにも大切にすることのひとつに季節の扱いがあります。四季ごとの旬の食材を使い料理して器とともに季節感を表し、空間には調度品や生け花などを季節に合うよう変えたりして演出します。食材など料理に必要なことの他に、季節を表すには料理や食の背景にある様々な物事を知っていたほうがなにかと有益であるのがわかります。とくに日本料理は自国の食文化を代表するのですから、料理人が学んでおくべき物事はとにかく多いのです。

私が修業した法善寺横丁の「㐂川」は、先代が大阪の日本料理というべき浪速料理を広めた店です。だしをしっかり取り、食材は余すとこなく使い切り、持っている味を生かすといった特徴を保ちながら、「㐂川」の二代目である上野修さんはフレンチの技なども加え自在に浪速料理を創作していました。その独創性が発揮できるのは、基本となるベースがあるからだと実感させられていました。

私は将来には自分の店を持ちたいと思っていましたから、修業で覚えるのと併せ自身にとって基本となるべきことは何かを常に意識していました。例えば、器。自分らしい日本料理を考えるのと同時にそれに合う器を求めて探しに日本全国を巡りました。気に入った器が見つかればそれには料理をどのように盛り付ければいいかと考えたりすることもあります。自分の理想とする店は、夢を盛り付ける空間という大きな器でもあるのです。

この度の移転は、コロナ禍ではありましたが東横堀川沿いに理想の場所を得られたので迷わず新しい店を建てたいと思い施行まで時間をかけて計画しました。

地下1階・地上2階の3層の一軒家に思い描いてきた要素を妥協することなく盛り込んでいます。地下にはこれまで蒐集してきた器のための倉庫を設けました。
修業先の法善寺横丁の石畳にあこがれて8mのアプローチ空間を設けました。正面には能勢御影石を削り出した“つくばい”を置き、水が滴る演出とあいまって身を清めてくれます。
1階はカウンター席と厨房です。川に面した一面が床から天井までガラス窓で外の空間と一体化させました。材質の異なる2種の無垢材を合わせたカウンター、その前に置いた“へっつい” や天井は伝統的な網代貼りなど和風とモダンを融合させたデザイン空間によってどっしりと構え、供する料理への期待感を盛り上げます。
2階にはテーブル席と座敷の2つの個室を設けました。それぞれ窓際の外側には庭園空間を取り入れ、魯山人の灯籠や石彫刻家などのオブジェを配しています。

1階の厨房は無垢の一枚板を組み合わせてカウンター席からの視線に配慮。厨房内はとくに働きやすい環境になるよう、調理器の仕様選択から高さや配置など細部まで妥協せずに造り込んでもらいました。スチコンの他、日本料理ではあまり使われないヒートトップのコンロ、ブラストチラ−、パコジェットなども積極的に導入しています。

この一軒家の店は、私の夢の実現であるとともに、新しい割烹でもありたいと考えて建てています。「㐂川」の上野大将が私たちに伝えてくれたように、私もこれからを担う若い人に大阪の割烹文化を引き継いでゆきたいと思っています。

松尾 慎太郎(まつお しんたろう)プロフィール

1975年大阪府生まれ。バーテンダーの父の影響もあり、おいしい料理で人を幸せにしたいと辻調理師専門学校で基本を学ぶ。卒業後は法善寺の「浪速割烹 㐂川」にて修業、伝統と革新をあわせ持つ上野修氏の薫陶を受け懐の深い日本料理の腕を磨き上げる。さらに他ジャンルでの経験も重ねて独立、2009年大阪北新地に「弧柳」を開業。ミシュランの三つ星となり、満を持して2021年11月現在地に一軒家の店を新築完成させて移転、「弧柳」第二章を始める。
*写真はhttps://www.koryu.net/から転載

[掲載日:2022年5月6日]