鉄板焼き料理の定型論

神谷 圭介氏
ブックマーク株式会社代表取締役

日本の大きなホテルには、和・洋・中と並び鉄板焼きのレストランが必ずありました。ステーキ肉を鉄板で焼く様子を見せながら食事してもらうスタイルですが、良質かつ高価な肉をおいしく味わえる技とサービスに特化したことから高級料理として広く知られていきました。他方、同じ鉄板焼きでも、お好み焼きなど粉もん料理は誰もが気軽に食べられる安価な大衆料理とみなされ、B級グルメに数えられました。そうして熱した鉄板の上で調理することは共通しながら、鉄板焼きは高級路線と大衆路線の振り幅のなかで多様な料理を提供してきたのです。たとえば、高級店と大衆店の二極化で発展した寿司と同様に、鉄板焼きもいまは広い意味で和食のひとつの料理ジャンルであると認められています。

私は、食の世界へ飛び込んだ先がたまたまお好み焼きと鉄板焼きの店でした。他の料理店で修業した経験はありませんから、お好み焼きも含め鉄板を使って焼く料理を中心にしてオールラウンドに調理技術を習得してきました。料理人になるひとの事情は様々だしプロとしてやっていけるようになるには自助努力するしかありません。私もそうしながら鉄板焼きの店「tanpopo」を構え、これまできています。ただ、立地が北新地に近いから、店の料理には酒との相性も考えておいたほうがよいはずだと、自分が好きなイタリアワインについての勉強もしてきました。

今にしてみれば、個人的なこだわりは自店に表れてくるのだと実感しています。北新地へ移転をすすめられた際、酒の飲める店は周りにあふれる程あるなかで「tanpopo」はイタリアワインとそれに合う鉄板焼き料理も楽しめる店であると認められたのが差別化につながりました。ワインを学ぶことに終わりはなく、これからもイタリアワインにこだわってゆきたいと考えていますが、その思いは料理にも通じているのです。

イタリア語では「火を通す」のも「調理する」のも同じcucinareという単語です。つまり、ひとが火を使って調理することがすべての料理の基本となるように、鉄板で焼くのは原初的な料理でもあるのです。鉄板をヒートトップレンジと見なせば、煮たり炊いたりもできますが、私はあくまでも焼くことにこだわりたい。この鉄板で焼くという限られた条件は、いわば短歌や俳句にある定められた型でもあり、定型のなかでこそ優れた詩歌が生まれるようにどうすればおいしい料理ができるのかを突き詰めてゆきたいと思っています。

鉄板焼きの定番メニュー焼きそばは、麺と具材を鉄板で焼く(炒める)料理です。この麺には細麺と中太の平麺(実際はパスタ)を味わいや食材によって使い分け、具になる食材や調味などは季節にあわせて変えてゆくとか、麺と具材の組み合わせを随時変化させています。そうすることで焼きそばというかたちは変えず、多彩な味わいを表す料理が提供できるようになるのです。そうしてバリエーションをどんどん増やしながら鉄板焼きの新しいメニューを提供しています。この度は阪神百貨店のフードホールに出店する機会をいただきましたが、そこでは同じ焼きそばでも別の麺を製麺所に発注するなど「tanpopo」ならこういう料理ができるのだということを提案してゆきたいと考えています。目指すのは、鉄板焼きでリードする超一流のB級グルメです。

多くの料理人とのつながりから得られた情報や思いついたアイデアなどが書き溜められたノート。常に携帯し、読み返しながらメニューを考えるという。
神谷 圭介(かみたに けいすけ)プロフィール

1975年生まれ、兵庫県出身。大学卒業後入社した商社での会社員生活に見切りをつけ、食の世界へ。アルバイトで入った大阪・堂島の飲食店を買い取り、1999年鉄板焼きの店「tanpopo(タンポポ)」を開業しオーナーシェフとなる。イタリアワインとのペアリングなど独自の道を切り拓いた鉄板焼き料理が評判になり、2017年には北新地へ移転。2021年阪神百貨店梅田本店への出店を機にBookmark(ブックマーク)株式会社を設立、更なる事業拡大に備える。

[掲載日:2022年7月8日]