西天満の地域ロイヤルティ

髙野光広・ゆかり夫妻
コーヒー店「エルクコーヒー」経営

「エルクコーヒー」は、いわゆる喫茶店とは棲み分けをはかりたいと考えていますが、いまのところ目指すイメージに合う適切な表現が見つからないので、コーヒー店と呼んでいます。席数も限られた個店だから、いまさらカフェでもないんですね。ややこしいけれど、話を進める都合上、業種を指したりする必要のあるときはわかりやすい「喫茶店」ということばを使わせてもらいます。

私たち夫婦で喫茶店を始めた2009年頃、海外や国内の大手コーヒーチェーンの出店攻勢によって、日本の喫茶店スタイルが様変わりしつつありました。私たちも、既存の喫茶店とは差別化をはかりたく、明るく開放的な店造りにしてお客さんには思い思い寛いでもらいたいと考えていました。当時はそういう店を、従来の喫茶店とはちがうという意味でカフェと呼んでいたのです。私自身、それより前、1990年から8年間ほど喫茶店を営んでいましたから、2000年前後の日本の喫茶店が大きく変わってゆく節目を経験しています。

喫茶店の多くは個人経営で成り立つ個店です。そもそも飲食店も同様ですが、たいていは徒歩圏を商圏とする地域に根差したローカルな存在なのです。いわばご近所の常連さんに飲み物を提供し、望まれれば軽食などのメニューも充実させてゆく。そうして、店の雰囲気とかお客さんの過ごし方があいまって、その店らしさが生まれてくる。コーヒーや紅茶は、注文を受けてから一杯ずつ淹れるという提供の仕方も、個店ならではのサービスだと思えます。加えて、環境変化のひとつが世界のコーヒー豆を少量でも個人で自由に買えるようになっていたことです。「エルクコーヒー」では、私たちがお客さんに味わってほしいと選んだ豆を用意し、一杯ずつていねいに抽出して供する、そうしたコーヒーを中心にした店を目指していました。

ところが、当初に店を構えた扇町は、大阪でも市内居住が進む地域としての特性を読み違えていたことに気付かされました。当時、カフェスタイルなどはまだ定着していない時代ですが、それでも、周辺住民には私たちの店で過ごしてほしいとイメージしていた姿からはほど遠い、自分勝手な振る舞いのお客さんが多かった。それで遂には移転を決意し、以前に喫茶店を開いてよく知る西天満でリセットさせようと思ったのです。

いまは、西天満は大阪でも特異なエリアなのだと実感しています。キタの繁華街や船場のビジネス街からは距離をおき、大阪高等裁判所に隣接して落ち着いた環境が保たれています。住人よりも地域の利用者のほうが多く行き交う、そうした人を対象にした飲食店もジャンルは多様にあり、評判のよい店が数多く集まるなどロイヤルティの高い地域なのでした。

私たちの店は幸いにも周辺にある飲食店のオーナーや料理人さんに利用してもらうようになり、移転して9年も経つと、互いに関係のあるお客さん同士のつながりも広がったりしています。私自身の喫茶店経営は実質20年ほどですが、西天満という立地に根差すことでようやくイメージしていたコーヒー店に近づいているかなと感じています。将来的には、コーヒーを通して西天満の地域ロイヤルティをさらに高めていけるような、小さなコーヒーコミュニティとなれたらいいなと思っています。

髙野 光広(たかの みつひろ)プロフィール

1965年大阪府生まれ。10代の頃コーヒーに惹かれ関西各地の喫茶店を巡り、アルバイトも経験した後、辻製菓専門学校へ入学。念願かない25歳の1990年、大阪市西天満(現店とは別住所)で喫茶店を始める。しかし数年で閉店し、会社勤めをしながら次の機会を待ち、2009年扇町にカフェ「ELK COFFEE(エルクコーヒー)」を開店。2013年には現在の西天満に移転、深煎りに絞ったコーヒー店としてスタイルを一新させ(表記も「ELK KAFFE」と改め)、評判になる。

[掲載日:2022年8月4日]