三代目の実践的心得

王 文良さん
「神戸元町別館牡丹園」三代目

私の作る広東料理は、正確にいえば祖父が中国で修業した料理を日本に持ち込み、それを祖父の息子つまり私の父が継いで日本人の嗜好に合うように洗練させるなど、一家で長い年月かけて完成させたのを受け継いだものです。

私は日本生まれの日本育ち、祖父と接した記憶もあまりなく、中国の食文化については多くを両親に教えられました。例えば、中国本国では男性が家の厨房に入って料理するのは当たり前のようにおこなわれているそうです。我が家もそういう家庭だったので、私は物心ついた頃には食べるのも料理することも好きになっていました。その結果、早くから料理人になると決めてごく自然に家業を継いだのです。広東料理は、中国料理のなかでも日常的に手に入る食材を使いこなして作る家庭料理に近い感覚の料理として知られています。そういう料理の特質に合わせた教育を子どものときから家でも受けていたのでしょう。

実際には、父のもとで修業を始めまして、他ジャンルの料理を学んだり他店で働いた経験はありません。とは言え、父から直に手ほどきを受けたわけではなく、父とともに調理を担当する店の料理人と呼ぶべき職人さんたちにいろいろ教えてもらいました。当店「神戸元町別館牡丹園」は数人が同時に食事できる大きな円卓がいくつも並ぶような館と呼べる広さを持つ店ですから、どんな注文でも素早く供するためには何人もの料理人が手分けして料理しなければなりません。私は料理を学びながら、父が整えた組織的に力が発揮できるチームワークの大切なことも同時に学んでいたのです。

何しろ、当店ではコースメニューも含め常時100近い料理をいつでも提供できるようにしています。三代目の私に求められるのは、昔から変わらぬ当店ならではの味わいを供し続けること。食べ手のお客さんにとっての変わらぬ味とは、嗜好の変化に合わせて変えつつも変わらないと感じてもらえる料理になっていることです。作り手の側からすれば、季節に合わせたり気候の変化など環境に合わせて調理を調整することはもちろん、毎日使う食材や食品、調味料の変化も見逃さずに対処するなど細部まで気を遣ってなお、同じといえる料理を作り続けることです。

そうした当たり前のことを続けているとわかってくることがあります。変わらないと言ってくださるお客さんは、味わいだけでなくブレない姿勢にも目を向けてくださっていること。同じものを作り続けるなかで評判になる料理は定番メニューとして残っていくこと。それらはまさにチームワークの賜物なのです。

現在、中国料理をルーツにした我が国の中華料理も多様化し、餃子やラーメンに特化した専門店をはじめ町中華から高級中国料理まで幅広く枝分かれして、私にはこれから先の展開は想像もできません。そのなかにあって、「神戸元町別館牡丹園」は創業から変わらぬポリシーにしたがい、中華料理の本流ともいうべき広東料理を変わらず提供し続けたいと思っております。

王 文良(おう ぶんりょう)プロフィール

1981年兵庫県生まれ。1952年に祖父の王熾炳(おうしきへい)氏が神戸で広東料理の店「神戸元町別館牡丹園」を創業。その店を引き継ぎ発展成長させた父の王泰康(おうたいこう)氏に導かれ、家族が営む店での修業で鍛えられて広東料理人になる。現在は創業家の3代目として代替わりを果たし、神戸の本店と大阪梅田エスト店を取り仕切りながら、我が国における中華料理伸展の一翼を担う広東料理のレガシーを伝える。

[掲載日:2022年11月4日]