父の栽培する野菜とともに

矢谷 幸生さん
「中国菜 香味 シャンウェイ 」オーナーシェフ

私が師事してきた辻調理師専門学校の吉岡勝美先生と「知味斎(ちみさい)」の木村政敏さんからは、広東料理とか四川料理という系統よりもそれぞれ経験されたうえで身につけられた中国料理としての基本的なものをみっちり教えられました。とくに木村さんには素材の力がいかに大事か、生かせれば自分にしかつくられない中国料理というのも可能だと気付かされました。なにしろ、1990年代にまだ日本では珍しい中国野菜を種から自家栽培してしまうひとです。そういうレストランがあること自体が不思議でしたが、私も「知味斎」では畑仕事が修業の一環だと自然に思っていましたから。

そうして結局10年間勤めて、あらためて他の店とか外の様子を知りたいと思い独立。修業時代の先輩、井桁良樹シェフが中国本土で伝統料理から家庭料理まで体験して帰国し、自身の店「中国菜 老四川飄香(ピャオシャン)」を構えるというので立ち上げに参加したりしていました。そのなかで、中国現地もブームによって好まれる味の傾向が変化するなどの情報を得ることも料理人の仕事には有効であると実感しました。自分の店を持ってから後のことですが、私も積極的に中国へ出かけてゆき、知見を広めるようにしています。

私は出身地の大阪に戻り、時間をかけて場所を見極めたりして自店の「中国菜 香味」を開業しました。実家は松原市にあるのですが、私が独立するのにあわせて父が仕事の合間に家の周囲の休耕地で野菜を栽培しだしまして、独学なんですがまともに育ったのを店に届けてくれるまでになっていました。それが、いまでは停年退職して畑も広げ、本格的に野菜づくりに取り組んでいます。ニンジン、ダイコン、ジャガイモ、タマネギ、サツマイモ、カブ、サニーレタスといった定番の野菜だけでなく、チンゲンサイ、ターサイ、パクチーなどの中国由来の野菜も立派に栽培できています。まさに契約農家として、「知味斎」の自家栽培のように私の料理には欠かせない存在になっているのです。

もともと私が体得してきた中国料理の基本は、素材の力を引き出すためには余分なものは足さずに料理することにありますから、油や調味料も極力控えめにしています。材料にしても肉よりも野菜の比率が自ずと高くなっています。食後の胃にもたれたりしないで自分でもおいしいと思うものがそういう野菜を使った料理なのです。父も最終的にはお客さんの口に入るものをつくっているのだと自覚してくれていて、そこは安心してまかせていられます。朝に収穫したばかりの野菜が店に届くと、パクチーの香りはいうまでもなく例えばニンジンとかまで強い匂いがしてきます。根には土がついていたり、葉には虫がいたりしますが、それも新鮮でおいしいという証し。父が大切に育ててくれたことを感謝しながら下拵えするのも楽しみです。

私がつくる中国料理は、お客さんがおいしいと感じていただくものを前提としていますから、それは中国料理のすべてということになります。いわば昔ながらの変わりようのない中国料理でもあります。しかし、とは言え、中国には私自身でも知らない料理のなんと多いことか。古典に渉猟し、実際に現地へ出かけて体験したり、これからもおいしい中国料理をさらに追求してゆけるように努めたいと思っています。

父の畑で栽培されているターサイ
店に届いたターサイやチンゲンサイなど
矢谷 幸生(やたに ゆきお)プロフィール

1975年大阪府生まれ。小学生で将来は料理人になると決意。高校卒業後、辻調理師専門学校に入学し上級校の辻調理技術研究所で中国料理研究課程を履修。卒業後は同校の外来講師でもあった千葉県柏市「知味斎」の総料理長・木村政敏氏のもとで修業する。その後東京や関西の中国料理店で要職をこなし、2008年大阪西天満に「中国菜 香味」を開業。木村氏直伝の野菜使いなど素材の力を引き出した滋味深い中国料理が評判になる。

[掲載日:2023年2月1日]