イタリア料理×割烹スタイル

どこの国でも家庭で作られる料理にはその国の食文化や地域性が反映されていますが、なかでも各地方を代表する地域固有の料理として伝承されているのが郷土料理です。とくにイタリアには全20州それぞれの地方に独自の郷土料理が多種多様にあり、そもそもイタリア料理とはそれらの集合体だともいわれるほどです。例えば、パスタ料理をみても、パスタごとに調理法が20バリエーションあるような具合です。つまり私たちが自国で日頃接しているイタリア料理というものは、イタリアの国土に根差して発展した様々な料理を抽象させたモデルなのです。これは、どこの国の料理にもあてはまる話で、ガストロノミーはそのモデルを提示するのにもっとも高度に表現された料理だといえるでしょう。
独立するとき、私のバックボーンはイタリアの家庭料理や特定の郷土料理ではなく、それまで20数年間かかわってきたイタリア料理です。それを店を構える京都の地でどのように展開させればいいか、お手本にしたのは割烹料理でした。カウンターをはさんでお客様と料理人が向き合い、洗練された技をおしげもなく見せる日本独特のスタイルです。ただカウンター席で調理の様子を見せたりおまかせのコース料理を供するのではなく、お客様の要望に応じて即席に調理できる姿を楽しんでもらえれば、イタリア料理の特徴でもある大らかで自由なイメージに合うと思われました。
始めてみたら、割烹スタイルの利点がいくつかわかってきました。料理人が一人でカウンター席のお客様に対応できる人数は自ずと限られます。そのキャパシティでまわせるシステムを確立させれば、料理を作る私の他にスタッフを何人もかかえる必要がありません。私は調理しながらでもスタッフがお客様と話すのが聞こえていますから、即決でどんなオーダーにも応えられます。また、食べる側の立場からすれば、隣の席に供された料理が気になれば注文し直してみたり、隣り同士で同じ食材をそれぞれ別の調理の仕方で味わえるなど料理をいろいろ頼めるという新たな楽しみが増えているのです。
スタイルのお手本は日本料理にあるのですが、私が作る料理のベースはあくまでもイタリア料理です。近年は日本料理の昆布や鰹節で引いた出汁に注目が集まり、西洋料理にもその出汁が使われたりしますが、私は自分の料理の基本となるブロードには昆布や鰹節は使いません。肉、魚介、野菜などその時々の食材と水から抽出させたうま味が基になったスープを味わう、そうした料理になるよう心がけています。味噌や醤油などの日本的な調味料も使いません。
お客様の我がままとも思えるニーズにも随分と応えてきました。例えば、自家製子ヤギのハムがオーダーされたのを見て、少しでいいから食べたいというお客様がいれば切って出します。そういうふうに、ひとつひとつ応えているうち、メニューに料理一皿ずつの値段とともに載せるのも意味がなくなり、いまやコースもアラカルトもほぼ食材だけ(なかには調理方法も添えたり)を記すようになってしまいました。ときどき思い立って、カウンターに大皿料理を置いてお好みの量だけ取り分けできることもしたりしています。
こうして前例のない割烹イタリア料理をすすめてきました。私は自分がそうしたいと感じる食事の楽しみ方を提供してきただけと思っているので、レストランとしての型にこだわりはありません。ただ、ご常連のお客様とともに年齢を重ねていると、料理の味付けも自然に淡く優しくなっているようです。こういう店ですから、これから先、果たしてどうなるか自分でも楽しみなんです。

1970年大阪府生まれ。クリエイティブな仕事に憧れ料理人を目指して辻調理師専門学校に入学。卒業後は同校に勤務して生徒を指導しながら腕を磨いた後、東京や京都のイタリア料理の名店でさらに研鑽を積む。2013年独立して京都で「イル フィーロ」を開業。2016年木屋町通の現店舗に移転。日本料理では馴染みのある割烹スタイルを取り入れた融通無碍なイタリア料理が食通の評判を呼び、通い詰めるひとも多い。
[掲載日:2023年4月3日]