今、目の前にある景色を料理へ反映していく

月岡 正範さん
「青蓮院門前跡 月おか」主人

京都・東山にある一軒屋の料理店『青蓮院門前跡 月おか』。
里山で自ら摘んだ山菜などを使い、移ろう季節や風景を日本料理として表現されています。
そこに至った経緯や、継承したい日本文化のことなどを、主人の月岡正範さんにうかがいました。

中東久雄さんから学んだ“馳走”の意味

北海道・札幌の出身で、15歳からすすきのの飲食店で働き始めました。料理の面白さに気づいたのは最近ですよね。いわゆる下積みとか修業と言われるような時代は苦しいことも多かったです。
京都、名古屋、東京と経験を積む中で、一番影響を受けたのは『草喰 なかひがし』中東久雄さんです。30歳前後で大将のところにお世話になりました。それまで15年間料理人としてやってきて、料理長も務めたりして、いろんなものを見てきたつもりでいたのですが、「あんたは今まで何をしてきたんや」って言われました。それはもうショックでしたね。これまでの自分の料理を一から全部ひっくり返されました。
駆け回って素材を採ってきてもてなす、本来の“馳走”の意味を初めて知りました。素材、特に野菜に対する考えが変わりました。これまでは市場に注文して次の日に届いたまっすぐなものを使っていましたが、大将のところでは自分で採った土付き。大根も人参も葉っぱのついた状態です。春の時期ならノビルやカンゾウといった山菜など、自然に生えているものを毎日採って使う。カルチャーショックでした。そういったものを料理したことがなかったので、どう扱うものかも分からず。自分で採ってくるところから料理の組み立てが始まるんです。そもそも料理は技術と思っていました。でも包丁使って切って焼いて炊いて以前の根源的なところというか、人間がどうして生きているのか、くらいのところまで関わってくる。自然の中で生きていることとか命をいただくこととか、食というものに携わる人間としては、考えていかないといけないと気づきました。肉も魚も全てに命があって、それをいただいた上に人間が成り立っているのは当たり前なことですけど、それまでは想像の範囲でしかなかったのです。大将のところには4年弱お世話になりました。本当によいご縁がありました。今でも毎日大原で会うので、続けて学ばせてもらっています。

『青蓮院門前跡 月おか』の美しい畳のカウンター。店内には美術館のように古美術が展示されている。

表現したい自分の日本料理&文化

“自分の料理”を楽しくやりだしたのは滋賀・草津『滋味 康月』からです。グランヴィア京都で一緒に働いた同僚と二人で2010年に立ち上げました。滋賀県は食材も豊富で、山も湖もある。大将に学んだことを自分の料理に活かす場所としてはすごく魅力的なところでした。世間的な素材の評価はマグロのトロや和牛のA4、A5などにありますが、そこに価値はあまり感じなかったです。その土地の農家さんの大根や人参であったり、自然の山の中で誰の手もかからず、毎年ちゃんとそこに生えてくれたり咲いてくれたりするものを使って、季節の移ろいの中で料理をすることを大切にしました。今でも滋賀県に行って、葉っぱ採ったり、草採ったりしていますね。8年ほどいました。やりたいこともどんどん増えていって、自分がやってきた日本料理と、あとは、昔から自分自身の人生の中で柱になっている古美術を合わせて、世界に発信したいという気持ちが湧いてきました。
そこで、行先として選んだのはニューヨーク。日本料理がやりやすい場所だと思います。お水が軟水なので、出汁がとりやすい。食材が手に入りやすく、日本酒を輸入している量も多い。何より受け皿的に、知らないものに対しての好奇心にあふれていて、いろんな魅力的な人が集まっています。ギャラリーもたくさんあって、芸術や美術というものに対しても理解が深い。環境的にも自分の発信したいことにすごくマッチすると思いました。やっと物件を見つけて契約し、工事が始まったら、コロナが流行して完全にストップしてしまいました。

つくしやふきのとうなど春の素材が盛り込まれた前菜。

新発見は手を施された熟成肉

それで京都に戻り、2021年『青蓮院門前跡 月おか』をオープンしました。コンセプト的にはニューヨークでやりたかったこととそんなに変わっていません。しつらえもそうですし、その時のものを使ってお料理をするということと、あとは室内で展示スペースを作って古美術を展示しながら表現していく。当然、料理にも古美術を使いながら。
新しい特徴として『サカエヤ』の新保吉伸さんの肉を扱うようになったことが大きいですね。きっかけはニューヨーク。スーパーのお肉屋さんで、エイジングビーフのステーキ肉ロース、1枚3000円を買って、塩・コショウで焼いてみたら「うまっ!」と。お肉ってこんなに味があるのかと衝撃を受けました。滋賀でも近江牛をずっと使っていたので、柔らかいとか甘いとか、サシの入ったお肉のおいしさって、知っているじゃないですか。たくさん銘柄牛もあっておいしいのはおいしい。ただ個性ってなった時に、エイジングビーフは間違いなく個体差があって、そのお肉自体の味と香りとうま味がある。帰国後、いろんな熟成肉を食べてみて、新保さんのところが抜群においしかったです。香りもうま味も別格と。うま味の向こう側というか、ただ食べておいしいじゃなくて、噛んで鼻に香りが抜けていった時、そこにうま味が残っていく。それまで熟成ってただ寝かせているくらいにしか思っていなかったのですが、新保さんのところで初めて丁寧に施されている過程を見て、「科学やな」と感心しました。醤油蔵や味噌蔵と同じように、『サカエヤ』さんのところにいるカビがあってこその熟成。今は熟成をしっかり目に50日間かけてもらっている十勝若牛や経産牛をコースの中で必ず使っています。

『サカエヤ』の新保さんが手当をし、熟成された肉。
経産牛と若牛の食べ比べ。

目の前の景色を料理に反映し続ける

年を重ねるごとに技術というよりも食材に対する発見が多いですね。花山椒ひとつにしても美山に自分で摘みに行くと、葉を捨てて花だけ使う気にはならない。料理人のエゴと思えてしまうのです。だからあまり市場とかへ行かなくなりましたね。切り離した部分だけが売られていて、料理への想像がうまく湧かないのです。
その季節ごとにあるべき姿の食材を使って料理をしていく。四季をちゃんと感じられる。それが、僕らができる、残さないといけない日本料理や文化だから、今、目の前にある景色をどう料理に反映して形にしていくか、これからも考えていきます。千年を超える都があって、山に囲まれていて、自然豊かな京都は、本当に唯一無二な適所と思いますね。
僕は今、やっと始まったところで、まだまだ今やっていることを進化させていったり、今やっていることを理解してもらうまでに時間がかかると思っています。今年、美山で一軒家を借りたので、何年か後には自分の店で使う器を焼いて、そこに料理を盛って、といったことをできたらいいなと思っています。由良川が流れる日本の原風景の中で、1日1組をもてなすのもいいですよね。新たに自分自身を振り出せる、自然にはそういう力があると思います。

月岡 正範(つきおか まさのり)プロフィール

1976年、北海道生まれ。中学を卒業後、札幌・すすきのの飲食店で修業を始める。その後、名古屋、京都、東京と経験を積むなかで、『草喰 なかひがし』の中東久雄さんに出会う。2010年、滋賀・草津に『滋味 康月』を開店。ランチの予約は2年待ちなど人気に。日本料理を世界へ発信したいと、ニューヨークへ渡るが、コロナで断念する。帰国後の2021年、京都・東山で『青蓮院門前跡 月おか』を開店。

[掲載日:2023年6月1日]