細分化し、対処療法を重ねる

昨年、大阪・千林に彗星のごとく現れた『とんかつ ふじ井』。
これまでにないとんかつとその提供の仕方で、
いわゆる街中にあるとんかつ屋とは一線を画した新しいスタイルを提案しています。
調理方法を細分化して熟考・試作を重ね、今の形に至った経緯を主人の藤井和宏さんにうかがいました。
きっかけは偶然。目指すは日本一
フランス料理を経験していて、とんかつ屋をやるなんて夢にも思っていませんでした。東京にある名店『成蔵』への豚肉のセールスにたまたま同行し、「とんかつ、面白いな」と興味を持ってしまいました。その後、何軒か食べ歩いてそれぞれのおいしさがあることに気が付きましたね。今でもとんかつは大好き!というよりは作るのが面白い。「誰もやってない、新しいとんかつを自分なら作れるんじゃないか」「とんかつなら日本一を狙えるかもしれない」という気持ちが湧いてきたんです。だから、コックコートのユニフォームの袖にJAPANの文字を入れています。

細分化して熟考。繰り返す対処療法
とにかく「自分にしかできない料理」を考えましたね。低温調理のとんかつを食べると、肉はとてもやわらかいんですけど、衣があまりカリッとしていない。高温調理のものを食べると、とても衣がカリッとしているけど、肉はちょっと締まって固い。じゃあ、どうやったら両立できるんだろうと思い、何度も何度も試作しました。
イメージした仕上がりにむかって、今までやってきた自分の中の調理論を組み合わせていきましたね。肉の切り方、下味のつけ方、衣、揚げ方などなど。例えば、肉に直接下味をつけるとブレることがあるので、打ち粉に下味をつけました。薄力粉のほか調味料を使い、結着をよくするため山芋パウダーなども使っています。一時期お菓子作りもやっていたのですが、今のバッター液はお菓子の生地に似ています。薄力粉、強力粉、ショウガ、穀物酢、バニラほか製菓材料をいくつか使っています。胃をもたれさせたくないからショウガを入れ、グルテンを止めたいから穀物酢を入れる。ミルキーにしたいけど、牛乳を入れたらシャバシャバになるからバターミルクパウダーを入れるなど、“こうしたい”という考えがあって、そのために今までの経験値に当てはめて素材を選び入れ、違ったらその都度、対処療法しています。「お客様全員100点でいきたいな」と思い、今、バッター液はワンオーダーごとに作っていますね。豚肉は1人前ごとにカットした後に真空パックして、肉汁がでないような温度でゆっくりと湯煎。それから二度揚げはせず、可能な限り短時間で揚げています。衣ガリッと、中やわらかを実現するため、いかに高温の油に長く入れないかを考えての過熱調理です。
もっとこうしたいという思いはどんどん出てきます。パン粉を押す強さとか、いつのタイミングで生地を作るか。粉や液体を冷やすか、ボウルを冷やすかとか。湯煎の温度や真空の強度も。強い衣は割れやすく剥がれやすいので紙一重ですけど、衣に特徴的な味があって、食感がある方がお客様の反応がいいんですよ。自分がどうしたいかもありますが、お客様の一番いい反応をカウンターからみて、探りながら変えていっています。

とんかつ屋の新・スタイル
お客様の希望に応えた結果と言えば、コースもそうです。夜のコースではヘレカツ、メンチカツ、ささみカツ、ロースカツなどを1品ずつ出しています。最初は定食だけで、「もうちょっと食べたいな」という人のためにメンチカツなどのサイドメニューを作ったら、人気になって。お客様は遠くから来る人が多くて、「とんかつ一枚で帰るのは寂しいね、いろいろ食べたい」との声に応えたい気持ちもありました。フレンチを長くやっていたので、「ちょっとずついいタイミングで」というのが染み付いているのかもしれないですね。おいしいものをおいしい状態でおいしく召し上がっていただきたい、をシンプルに求めたらコースになりました。そしていろいろ食べてくださったお客様のほうが確実に満足してくださいます。
店は7席ですが、最大5名までしか一気に入れません。利益を追求すると7名入れたいじゃないですか。でも、自分が自信をもって、おいしい料理をできるだけの人数しか入れません。お客様と真剣勝負じゃないですけど、お客様にも“食べる”気持ちを持って入ってきてほしいので、価格設定も安くし過ぎず、目立つ看板も出さずに少々入りにくい雰囲気で営業しています。
とにかく、今は楽しいですね。もし死んでも、「今日もっとやっておけばよかったな」という悔いはないです。とはいえ、まだ言ってもルーキーなので、他のことを考える余裕がないというのが正直なところです。最高の、日本一のとんかつを、まだまだ模索します。


1977年、広島県生まれ。プロ野球選手を志すものの、ケガで断念し、料理人を目指す。大阪の調理師学校卒業後、東洋ホテルにてフランス料理の修業を5年積む。和食や韓国料理を経験した後独立し、居酒屋を7年半経営。2013年、グランフロント大阪にあったロート製薬直営の薬膳フレンチレストラン『旬穀旬菜』の立ち上げに携わり、9年半シェフを務める。その後、2022年『とんかつ ふじ井』をオープン。
[掲載日:2023年7月5日]