農業が育む繋がりを大切にする

今夏から、「THE THOUSAND KYOTO」のイタリアンレストラン「SCALAE」は「Plant Forward Kitchen(プラントフォワード キッチン)」を始動し、話題となりました。農業に対する考え方、そこから生まれる料理、今後の展開についてなどシェフの芝原健太さんにうかがいました。
農業に関わるきっかけ
「農業と関りを持ったのは、東京・神宮前『iCas storia(イカス ストーリア) 』でシェフを務めたとき。農業を中心とした会社を仲間と設立して、レストランを始めました。2015年からで、いち早くサステナビリティにも取り組んでいました」と話す芝原健太さん。「神奈川県にある畑に行くようになって、始めは何とも言えない抵抗感がありました。今まで肉や魚を触っていて、野菜だけでなんで?とか、自然の法則に合わせて料理を考えなくちゃいけないの?みたいな」。野菜にどっぷり浸かった日々だったが、「農業に触れることによって自分の料理に対する考え方を変えるべきだったんですけど、できなかった。当時は“自分の料理”みたいなプライドがあったので」。
その後、千葉県木更津市の「KURKKU FIELDS(クルックフィールズ)」で前衛的なサステナビリティを学ぶ。「KURKKU FIELDS」は農業×食×アートの3つを組み合わせたサステナブルな複合施設。有機農業を中心に、酪農、養鶏を施設内に持つことで生まれるエネルギーや土、水の“循環”を実現している。そこで1年過ごしたことから、ようやくこだわっていた“自分の料理”から抜けられたという。
野菜を主体に考える
2021年9月、京都に戻ることになり、「SCALAE」のシェフとなる。レストランをどうしようかと考えたとき、コンセプトとして掲げたのは「未来に繋がる食文化を発信し、たくさんの『WOW!(ワオ!)』を創るレストラン」になるということ。これをシェフソムリエの岩田渉さん、マネージャーの梅崎由宇さん、シェフの木原章太さんの4人で決めた。お客さまだけでなくスタッフも『WOW!(ワオ!)』=おいしさや感動、驚きなど、を感じられる空間創りを目指したのだ。それを進める中で、芝原さんが温めてきたものを形にしようと動き出す。「野菜を主体に料理を考え始めました」。
京都市内の西賀茂地域にある契約農家の畑で、芝原さんやホテルスタッフが日常的に、農家の方と農作業に携わる「援農」を始める。2023年1月に社内で立ち上げられたアグリビジネス部が主体で、会社全体としての取り組みであった。「援農は土を耕すところから収穫、後片付けまでの一連を、全部やっています。アグリビジネス部も一緒に、です。援農している西賀茂の岸本農園の岸本さんは、自然の力を生かした野菜を作られる方。骨粉など動物性のものを土に入れ込みながら、野菜は堆肥にして、土壌微生物をサポートしながら、土作り。水は賀茂の綺麗な水を使い、力強い味わいの野菜を作られます。農業のあるべき姿を追求されています」。
そして「SCALAE」のカウンター席にて、地元農家直送の野菜を主役にシェフが腕を振るう「Plant Forward Kitchen(プラントフォワード キッチン)」を始動した。「Plant Forward」とは、植物性の食材をメインとして、環境のことも思いやる食スタイルのこと。農業に携わっているからこそ、自然が教えてくれる本当の“旬”を感じ取れるという。
この夏、育てた野菜についても尋ねてみた。特に驚いたのはトマトとのこと。「まず、大きい。断面が美しいんです。果肉の赤の部分が多くて種の部分が少なく、皮が薄いんですよ」。それには理由があるそう。西賀茂エリアは昔から“振り売り”の商いを行っていた。男性が農業をして収穫したものを、女性が近所の方に売るスタイルで、昔からの常連さんが多いという。そこで、そんな方たちも食べやすいように、できるだけ皮が薄い美味しいトマトが作られている、とのことだ。
そんなストーリーのある、思いの詰まったトマトに出合えれば、迷いがなくなった、と芝原さん。「野菜を作っている人、お客さま、その他関わっている人たち……。料理はみなさんのためのものです」。だから、トマトはシンプルに調理する。「トマトのスープです。湯剥きをして皮はパウダーに、種の部分は裏ごししてエキスにしゼリーにします。美味しい赤の果肉の部分は、塩で脱水させてトマトの青臭さだけを抜いて、そのままミキシングしてスープに。あと、コンパニオンプランツとして植えられていた、相性のいいバジルをオイルにしたものをプラスしました。料理は余計なことをせず、ベーシックを極めるようになりましたね」。
みんなで、地域とともに歩む
今後の展開としては、「私たちの『Plant Forward Kitchen』や援農などの取り組みを知って共感して来てくださる方もいらっしゃいますが、まだ届けきれていない。背景をしっかり発信してお客さまも含めてみんなで体験価値を共につくっていきたいなと考えています。実際、お客さまも農家に行って見て、感じることで、繋がっていくことも多いはずですよね」と。また、「 “地域とともに歩む”、これは私のテーマワードです。地域の方々と一緒に歩んでいけるようなコンテンツを展開していければ」とも。
「農業はサステナビリティもそうですけど、心に優しい。すごく癒やされていますから。スタッフも食べてみてやっぱり感動していますよね。どこでこれができたのか、過程を知ることが非常に重要です。ストーリーがあってお客さまにも話せますし。農業、いいことばっかりですよね」。




1987年京都生まれ。2009年に渡伊。イタリアはナポリのミシュラン星付きリストランテで ヨーロッパの技法を習得。帰国後、東京は神宮前iCas storia(イカス ストーリア)のシェフを務め、2021年9月に現職、「THE THOUSAND KYOTO」のイタリアンレストラン「SCALAE」シェフに就任。
[掲載日:2024年1月9日]