人を雇い、教わったものをつなげてゆく

大阪一予約の取れない中国料理店として知られた『中国菜 一碗水』。
約2年半の休業を経て、靭公園近くに、2023年に移転・リニューアルオープンしました。
店舗を大きくし、テーブル席を作る、スタッフを増やすなどのスタイル変更の理由、これからの中国料理への思いについて、ご主人の南 茂樹さんにうかがいました。
新しい店は“套餐=定食”を掲げる
2023年、移転・リニューアルした『一碗水』は、店名に「套餐」の文字を掲げる。タオツァンと読む中国語で、日本語の意味は定食。
「リニューアルに際し、レストランの、みんなでワイワイ楽しめる賑やかさを持たせたい、という思いがありました」と話す南茂樹さん。そこで、オープンキッチンにし、予約席とウォークインで利用できる席の、2つのエリアを共存させたいと考えたという。予約席は、前もって“確実にこの日に来たい”というお客様用。ウォークインの席は大テーブルで、予約なしで来店可能だ。「予約を取ってわざわざ食べに行く楽しみもあっていいと思いますけど、“今日、食べたいな”と思ったときに食べられる満足感も必要だと。そちらの方が実は食の原点かもしれません。日常の料理でもわざわざ食べに行く価値の料理はあるはず。料理人としては、来るか来ないかわからないお客様のために、材料を仕入れて仕込みをして待つことも大事だと思うんですよね」。
定食とはいえ、いわゆる定食ではなく、黒酢の酢豚、麻婆豆腐、海鮮料理などメインの選べる、5、6皿が順に出てくるスタイル。特に3皿目の“九彩盆”は細かく調理が施された中国料理の凄みを感じる逸品ばかり、と評判だ。「料理内容としては、定食という名前を日本語で伝えている以上、一品ずつコース的にお出しせず“九彩盆”などは9品まとめてお盆でお出ししています。本来なら一品料理でお出しできるものをあえて前菜スタイルにしたり、量を減らしたり、形を変えたりしています」。コース3時間などではなく時間も少しタイトにして、もう少し気軽な感じでお越しいただきたい、とのこと。「でもこういうものがちゃんと食べられるなら、“これはこれでアリだな”という世界観でやってみたかったのかもしれないですね」。


つなぐことが人を雇う意味
そもそも50歳をひと区切りと考えていたという南さん。「今の若い方の料理の感性やセンスを見たときに、世代交代だなっていう気はしています。僕たちの時代からもう一つ飛び抜けたというか。ジャンルレスだったり、ちょっと違う感覚の料理に移ってきている。料理にもやっぱり賞味期限や旬はあるんです。そう考えたときに、今後自分は、やりたいことをがむしゃらにやるのではなく、すべきこととかできることに注力した方がいいのかなと思いました」。
師匠である山本豊さんが、2019年に70歳で店を閉めたときに感じたことも大きかったという。「最後の日に『知味 竹廬山房』に手伝いに行ったんですよ。そのちょうど1か月前に、師匠と同い年の日本料理の料理人さんが、ホテルのイベントで、ずらっと弟子に囲まれて椀物を盛り付けておられる姿を見てすごいな、と思っていたんです。引退する師匠の背中を見て、僕もせめて1人にでも2人にでも、師匠に教わったものを、ちゃんと技術やレシピとして、伝えておいた方が恩返しとしていいんだろうな、としみじみ思いましたね」。
これまで独立してからワンオペが主だったのが一転、今は2人を雇っている。若い子を育てていこう、つないでいこうという中で環境も整えた。月曜、金曜の週休2日に。また、サービス料をいただくことにした。「今までいただいたことはなかったのですが、きちんと明記して、どなたからも均一に。我慢をせずに店をやっていくことは、若い人が独立するときにつながると思います」。
ただ、若い人を育てる難しさも感じている。「『知味 竹廬山房』では師匠から古典料理や伝統料理を学びました。自分でも古本屋に行って古書を買い集め、数多く読んでいました。もちろん写真もないので、ひたすら調べ、行間を感じ取る作業でしたね。読み込まないとわからない。今は携帯ですぐ調べられて、レシピも簡単に出てきてしまうので、深掘りしない。探求心が薄いと感じています。でもみんな口をそろえて“古典料理に興味があります”と。僕が考えるもの、求めるものを理解しないと、独立するときに僕を超えるオリジナリティは創れないと思うんですけどね」。

“マジ中華”であり続ける
これからの10年、20年についても尋ねてみた。「20年先は決まっていませんが、まず10年間はここを頑張ろうと思います。大阪に恩返しをしたいですから。ウォークインの席が毎日満席になるのが夢かな。サービスを担当してくれている妻がSNSで情報を発信してくれていて、感謝しています。町中華ではない、“マジ中華”で10年間はいきたいな、と思います」。
場所が変わっても、スタイルが変わっても、ただ、中国料理のルールは死守し続けたいそう。「僕は中国料理としてやってきた中国料理のルールで、どれだけ高く飛べるかとか、どれだけ早く球を投げられるかを競うべきだと思っています。やっぱりルールはルールとしてある、と思って今までやってきたし、今もやっているので」とのこと。世代交代と言いつつも、まだまだ戦う気合も充分だ。だからこそ、“マジ中華”なのだ。

1970年京都府生まれ。89年、ワーキングホリデーで滞在したカナダ・モントリオールで中国料理の魅力に目覚め、帰国後、中国料理の道へ。97年から東京・吉祥寺『知味 竹爐山房』で3年半経験を積む。02年、大阪・堺筋本町にカウンターのみの『中国菜 一碗水』を開店。20年の営業後、休業。23年、大阪・阿波座に『套餐 一碗水』を移転オープン。
[掲載日:2024年2月29日]