料理人として、お酒の原料まで追い求める

藤井 章弘さん
「日本酒餐昧 うつつよ/大阪どぶろく醸造所」主人

上質な日本酒居酒屋として知られる「日本酒餐昧 うつつよ」。その新展開として「大阪どぶろく醸造所」&「スタンドうつつよ」が、昨年オープンしました。なぜ、大阪の街中で、どぶろくを作ることにしたのか、そのきっかけや今後の展望についてご主人の藤井章弘さんにうかがいました。

原料を吟味することが料理人としての下地

“大阪の街中でどぶろくを作る”……その前提として、藤井さんには料理人としてのある想いがあった。「山中酒の店」の直営店で料理長として働いていたころ、山中社長の「日本酒を楽しくおいしく飲むには、料理がちゃんとおいしくないとあかん」という考えに深く共感。料理人ではない社長の、毎日市場に同行して料理の素材を吟味し、添加物を使わないという姿勢にも同意し、調味料など何でも自分で作れるものは自分で作っていたという。「僕の下地はそこでできまして、お店を立ち上げてからも同じ精神の中で、料理やお酒に向き合いながらやってきました」。
「うつつよ」を始めて3、4年経ったころ、岩手の「民宿とおの どぶろく」に出合う。衝撃的なおいしさだった。しばらくしてそれを作っている佐々木要太郎さんに出会い、彼が実は民宿やオーベルジュを営む料理人で、同世代の醸造家、しかも土から考えたお米作りを無農薬・無肥料で10年ほどやっていると知る。「彼のどぶろくのピュアなおいしさの理由は、原料の米、ただ良い米というだけでなく、健全な土や育ちから考えて米を作っているからだ、とわかりました。僕の下地にあるものが打たれまくって、料理としての原料もそうですが、お酒としての原料の本質も深く意識するようになりました」。
そんな頃コロナ禍となり、いろいろ方向性を考えていく中で「あのどぶろくを作ってみたい」という思いが沸き起こる。そこで、要太郎さんのところに醸造と田んぼの手伝いへ。自分で作ってみたいと思うものの、即決はできなかった。しかし当時は、「うつつよ」がちょうど10年経った、一つの節目の時期ではあった。自分の中で、「お店を走らせ続けるのは間違いないが、シフトチェンジをせずに自分のテーマを突き詰めていく中で、新しいことができないかな」と思ったときに、「じゃあ、大阪でどぶろくを作ってみよう」と決意。半年後、再度、要太郎さんのところを訪ねて滞在し、よりリアルな数字の話や思想的な話など、いろんな深い話をした。そして、要太郎さんに醸造の技術指導を依頼し、一緒にやっていくこととなったという。

うつつよのどぶろく生(水色のラベル)/火入れ(ピンクのラベル)。ボトル2500円(500㎖)「自然栽培の米の収量は慣行栽培の3~4割程度なので、この値段になります。原料の育ちの違いに気づくきっかけにもなってほしいですね」

醸造スタート

2023年2月、まずは「スタンドうつつよ」がオープン。場所は中央区、間口が狭く縦に長い30坪で、家賃も手ごろだった。最初は、醸造所と販売所だけを考えていたが、「作っているところで飲めるのは楽しい」と思い、立ち飲みどころを併設。実際、自社で作ったものを自社で売れる場所があるのは、経営的に見てもメリットだった。ようやく醸造所の許可が下りたのは6月だった。
自分でどんなどぶろくを作ろうと考えたとき、「僕が心打たれた、自然栽培の無農薬無肥料のお米を使ったどぶろく。そのピュアなおいしさを大阪の街中の皆さんに、飲んでいただきたい」がベースとしてあった。
どぶろくは、原料の米、米麹、水を発酵させ、もろみを漉さずに作るお酒。その味を大きく左右する米は、要太郎さんの紹介で、「まず土の力をつけ、その土の力がお米に宿る」というような考えを持つ農家の米を使用。最初は秋田の酒米「亀の尾」、次は飯米の「ひとめぼれ」を選択した。米には地域性があるので、まずは北の米を使い、要太郎式をしっかり身につけていこうと考えていた。今は、醸造担当者が要太郎さんとリモートでデータや数字を毎日共有しながら一緒に見守り、月に1回くらい要太郎さんに来てもらい指導してもらっている。今後、技術的な力がついてきたら、西の米、大阪の自然栽培をやっている農家さんの米で作りたい、という思いがあるとのこと。
麹は米を送って麹メーカーに委託。水は大阪の水道水で、当初は不具合を懸念していたが、味もおいしく発酵もうまくいっているそう。「胸を張って大阪の水と言えます。大阪の水道局にも喜ばれましたよ」。
醸造をスタートしたのは7月から、第一号をリリースしたのは11月1日。仕込み後、タンクで1、2ヶ月間発酵させ、その後、瓶に詰める。さらに、瓶内で1、2ヶ月落ち着かせる。瓶の中でお米が溶け、その溶け具合でまた味の変化もあり、まとまってきたら完成だそう。「遠野からの技術指導がついているとはいえ、水が違う、気温が違う、湿度も違うということで、手探りな部分もありました」。完成した第一号は満足のいく出来だったとのこと。「要太郎さんの速醸のどぶろくを飲んだ時の味のイメージに近かったですよ」。

どぶろくは「スタンドうつつよ」の奥にある「大阪どぶろく醸造所」で仕込んでいる。
原料の米は削らずに使用。「よりいいお米だからこそ削らずに使いたいですし、それは料理人としての価値観の中では自然ですよね」

目指すは、ザッツ大阪産のどぶろく

今後の展開についても尋ねてみた。「まずこのボトルの中身が自分に納得したおいしいものが詰まってる、というのは妥協したくない点ですね。そのうえで、近い将来で言うと、大阪のお米を使ってザッツ大阪産のどぶろくを作りたいです」。また、もう少し生産量を増やし、もっとたくさんの人にも飲んでいただきたいとのこと。さらには、「大きなことは言えないですけど、農家さんにもっと還元していって、日本のお米を守るきっかけになればいいなと思います」とも話す。

「スタンドうつつよ」では、冷酒、どぶ燗、ソーダ割でどぶろくが楽しめる。「熱燗と造りなど、最高ですよ!」
藤井 章弘(ふじい あきひろ)プロフィール

1978年香川県生まれ。テレビ番組がきっかけで料理人を志す。大阪あべの辻調理師専門学校卒業後、「トゥールモンド」や居酒屋などで経験を積む。25歳で日本酒に目覚め、「山中酒の店」へ。直営店の料理長を5年ほど務め、2011年、本町「日本酒餐昧 うつつよ」で独立。2023年、「大阪どぶろく醸造所」「スタンドうつつよ」をオープン。

[掲載日:2024年6月3日]