ビールをもっと“正しく”知ってもらいたい

京都・南座近くにある「麥酒 夢詠ミ(びぃる ゆめよみ)」。クリアでうまいビールが飲めると、ビール好きが集うビアバーとして人気の一軒です。ビールをおいしく飲んでいただくために心掛けていること、ビールを提供する特注の設備やビールへの想いについて榮川貴之さんに伺いました。
ビールがおいしい理由
京都・南座、隣のビルの2階。エレベーターを降りると、土壁やアーチ状の天井が美しい店内が広がる。京都の人気建築家・木島徹氏の手によるものという。そんな店内でひときわ目立つのがチェコ LUKR社製の美しいビールタワー。ハンドルを横に回転させて注ぐビールサーバーで、うまく注ぐのにかなりの技術が必要と言われている。
「当店のビールサーバーの設定はビールホースが太いので、流速がとても早い。ドバッと注いで液体を回転させ、炭酸を少し抜きつつ、香りを立たせ、味を整えるようなイメージで注いでいますね」と店主の榮川貴之さん。
こちらのビールサーバーの導入理由については、「ヱビスビールの提供を前提で考え、タップの形状、ビールホースの太さ、長さ、タワーの冷却方法、グラスを洗浄から冷却して保管する方法、排水方法まで考えた結果」とのこと。もちろん他のビールも提供することもあるそうで、最近では、第3のビール「麦とホップ」も。他の液種を注ぐ時は設定を変えることもあり、時にはサーバーごと昭和のスイングカランに変更して提供する場合もあるという。
このサイドプルや昭和のスイングカランがおいしさの秘密と思えば、それだけではないそう。榮川さんによれば、割合的にはおいしさを作る要素の10%くらいだとか。「いちばんは清掃で次は品質管理のこの2つのルーティンを守ること」と話す。
まずはできる限り、つくられたままの品質を保つために、酒屋さんから常温で運ばれてきたビール樽は届けばすぐに予備用の冷蔵庫へ。2、3日分のヱビスが常にある状態だそう。温度が高ければ高いほど品質の劣化スピードが上がるため、配送時もできる限り熱くならないようにオーダーしている。少しでもきれいな味わいになるように、当日の営業が終わり次第、翌日の為のビールを全て静置させている。(静置分が全て売りきれた場合は予備冷蔵庫にビールがあっても提供はしない。)グラスは営業終わりに全部洗い、営業前にもう一回洗い直している。ビールサーバーのタップ部分は営業後に毎日分解して洗浄。さらに1週間に1回は薬品を使っての洗浄も行っている。ゴム部品も多く匂いを吸収しやすいのがその理由だそう。(昭和のスイングカランはゴム部品はない。)「普通のビールサーバーより部品の個数が多いので、分解すると手間がかかりますね。毎日、そういった細かいことまでを行い、きちんと積み重ねてやることで、最終的な味わいに大きな差が出ると思っています」。

ビールを正しく知ってもらうために
自分の店を持つとき、どんな店を開きたいと考えていたか聞いてみた。「全てのビールにチャレンジしたいなと考えていました。お店を持ってみて、クラフトビールの流行りの影響でベルギービールの人気が下火過ぎることに危機感を覚えたので、ベルギービール文化の発信を強くしたいと思いました。また自分が提供するべき関西のブルワリーのビールにあまり出会えてないんですけど、本当はもう少し近くのブルワリーのビールを扱いたいんです。近ければ輸送のコスト、環境への負担も減らせる。距離感を近づけ、お客さんを連れてビールの工場に行き、ビールはどうやって作られているかなどを体感して欲しい」。そして、何より全てのビールを、“正しく”京都の人に知ってほしいと話す。
榮川さん自身がビールにハマり続けている理由については、「味わい、おいしさが一番ですけど、そこまで気取らないお酒っていうのもあると思います」と。「全ての人が気軽に買える、飲めるというのが大きかったと思います。」また、ビール文化も好きだそう。今でもヨーロッパを訪れ、各地で酒場に行きビールを味わうことも多々だ。「ビールは世界中、文化がそれぞれあって、いろんな国のいろんな人たちの生活の軸になっています。そういうローカル色があるのも好きですね」。
残念ながら、関西は東京と比べてビール文化が残っていなかったり、個性あるお店が少ないように感じるとのこと。「最近、原材料の産地や加工方法を勉強して、産地に行ったりしているので、そういったこともちゃんとお客さんに伝えたいですね」。今、店がある京都については「祇園についてはここに来てから初めて勉強しています。奥深いなと思いますよ。パブやバーって情報発信地でもあるから、ビール以外の食をお客さんに紹介したりできるようになりたいですね」。

信頼され、その信頼に応える
今後、やりたいことについても尋ねてみた。「この店舗は大きさが限られているので、今、移動式のビールサーバーを作っていて、それを引っさげて、おいしい天ぷら屋さんなどに出店したいなと思っています。こだわりや一芸を持っている飲食店とコラボしたいです」と。また、特殊な方法で注げるビールサーバーを何個か持っているので、醸造所や工場にビールを注ぎに行くこともしてみたい、と話す。そして何より、「一番の目標はやっぱりビアホールをやってみたい!」と話す。
「今、クラフトビールが高い値段になってきた中で、同じ銘柄でもちゃんとした店で飲みたいと思っている人たちが、品質やおいしさを求めて店に集まってきてくれていると思っています」と榮川さん。「そういった常連さんに関しては、信頼してもらっているのかなと自負しています。店が流行っている理由をあえて言うなら、その信頼に応えていることかな、と思いますね」。

1985年兵庫県出身。京都の大学へ進学し、アルバイトとしてビアレストラン「アサヒスーパードライ京都」で働く。そこでビールに傾倒し始め、ヨーロッパを旅し、ビールやその文化を体感する。大学卒業後は、名古屋のメーカーに3年勤め、その間もビールに対する情熱は冷めず、ビールイベントやフェスに携わる。その後、名古屋のクラフトビール専門店「23 CraftBeerz NAGOYA」で店長を務め、「うしとらブルワリー」での醸造を経験する。東京、「HIGHBURY -THE HOME OF BEER-」を安藤耕平さんと立ち上げる。2019年、京都に戻り、2021年現店オープン。
[掲載日:2024年7月31日]