挑む価値がある 奈良の地を得て

堀江 純一郎さん
リストランテ「イ・ルンガ」オーナーシェフ

平成22年は平城遷都1300年祭に関連した記念行事の続く奈良に注目が集まる。その奈良で、オープン数ヶ月(平成21年8月開店)にして早くも存在感を高めているのがリストランテ「イ・ルンガ」だ。

オーナーシェフの堀江純一郎さんはイタリアで日本人初となるミシュラン1つ星を獲得した料理人として知られる。帰国後、東京・西麻布に開いた店「ラ・グラディスカ」は前評判通りの人気店となった。そうした実績をもつ堀江さんの次なる展開の地が、本人とは縁のない奈良というのだから話題にならぬ訳がない。

「持ち込みの案件でしたが、現地を見て大いに刺激されました」と堀江さん。ロケーションは奈良公園内の東大寺門前、向かいには奈良国立博物館がある。店舗は保存されている武家屋敷を活用したものだった。堀江さんは案件に備わっている非日常性に強く惹かれたという。

「奈良公園内にあること自体が非日常的。それに世界遺産の東大寺の横といえば、住所を知らせなくてもわかってもらえる。こんな得難い環境とシンボリックな場所で店をだせるなんて、東京でもありえない」と話す。加えて、由緒ある和風建築の建物や庭にも創造意欲をかきたてられた。「挑戦していくことで自分もステップアップできると思い、出店を決めました」。

レストランでは非日常性を強めるために各店がそれぞれ時間や空間の演出に力を入れる。堀江さんは「イ・ルンガ」の店づくりにあたって、さらに周りの環境を生かした「街まるごとの表現」をキーワードに挙げる。「東大寺門前で奈良の街ごと表現し、世界に発信していく」と熱い。「奈良を訪れる人に食事と観光を楽しんでもらい、レストランと街がセットで見られるようにしたいですね」。

「イタリアの地方では、歴史的な価値とか地元産の価値とかで独自性を保っているとこ、いっぱいありますよ。ここでも、街の魅力や店の料理などをひとつひとつブラッシュアップさせていけばいい」。堀江さんのなかではすでに奈良を中心とした世界が構築されているのかもしれない。そういう意味でも、この案件は堀江さんによって、東京と奈良=都市と地方の比較という見方を超えた新たな価値を発揮することになる。

というのも、基本となるべき料理に関して、堀江さんには「どこであろうと、自分のなかではブレない」との気概があるからだ。イタリアから帰国すると、まず日本各地をまわって生産者を訪ね、当時の日本の生産状況を自ら確認して店を開いたほど準備は周到に行なう。奈良でも同じ、周辺の農家を訪ねてまわり、野菜や家禽など地元の食材を使うことに目処をつけている。

「街まるごとの表現」といっても、安易に地産地消を口にすることはない。納得できる食材を各地の産地から取り寄せ、今ここでしかできない料理を供する。それが堀江さんのスタイルなのだ。オープンしてまだ数ヶ月、「ようやく自分の考えが表現できつつある」という。奈良に足場をかためる「イ・ルンガ」のこれからが大いに楽しみだ。

[2009年12月21日・2010年1月8日取材]

門口をくぐったアプローチ。正玄関と脇玄関のふたつの玄関が並んで、典型的な武家屋敷の造りであることがわかる。
メインの食事室は両サイドが窓ガラスで庭を望む。お屋敷内の空間は静かで日常を忘れさせてくれる。
イタリアで修業したピエモンテの料理をベースに独自のスタイルを確立した堀江さん。奈良での展開が注目される。
リストランテ「イ・ルンガ」
住所 奈良市春日野町16 ふれあい回廊「夢しるべ風しるべ」内
TEL. 0742-93-8300
公式サイト http://www.yume-kaze.com/
観光バスや車が通る観光道に沿って建つ平屋の外観全体。ここがイタリアンの店とは知らなければ気づきようもない。

[ 掲載日:2010年1月19日 ]