カウンターの席に座って声をかけてくれる人たち

カウンターをはさんで料理人と客が相対するスタイルは、昭和初期に大阪の料理屋で始まり全国に広まった。現在は割烹や寿司などに限らず、多様なジャンルに応用されている。しかし、このスタイル、調理場も料理する姿も客に曝け出してしているようなもので、若い料理人にはプレッシャーにならないのだろうか。
「お客さんに見られてもいい、否、すべて見てほしいから、自分の店をだすときはカウンターと考えていました」と話すのは、大阪・阿波座にある日本料理店「伊万邑」の主人・今村規宏さん。実際に「伊万邑」はカウンター8席しかない。供するのは夜のコース料理のみ。今村さんが料理し、夫婦で切り盛りしている。
今村さんは高校卒業後、寿司、料亭、割烹などの店で修業して、2002年、27歳のときに独立。「修業した店ではいつもお客さんの前でしたから、人目は慣れてます。それに隠すようなものもないし、見えなくても自分の仕事場をきちんとしておくのは当たり前」と話す。屈託がないのは若さゆえというより、料理を通して自分を見せたいとの思いが強いからだ。
ただ思うだけではない。今村さんは「有名店出身のブランド力もない」と自覚した上で、どうしたら独自性を表せられるか常に考えているという。「日本料理の神髄は素材の持ち味を生かすこと。あまり手をかけずに出すからこそ、どこか違うと感じてもらえる創意工夫が必要なんです」。
例えばと言って出してくれたのが「豆昆布」の一品。今村さんは、茶懐石の精神を伝える「辻留」の料理を見本に試行を重ねていた。「辻嘉一さんの本を読んだりして作っても、納得できる味にならなかったんです」。あるとき、某そば店で突き出しの大豆に感じるものがあった。「ご主人にお願いして、奈良の農家が有機で作ったというのをわけてもらいました」。その大豆を使ってみて、ようやく求める味になったという。
カウンターの利点は、そうした食材の話をはじめ自分の料理について目の前の客に説明できること。今村さんのひたむきな姿勢は、料理を味わいながら会話を交わした客から客へと伝えられ、やがて評価となって広まっていく。そして評判をきき、若い料理人をはげまそうと実績のある先輩たちも顔を見せるようになった。
「多くの先輩からいろんな刺激を受けてます」という今村さんに、強いて挙げてもらうと、中村重男さんの名が出る。中村さんは、大阪にあって全国に知られる居酒屋の名店「ながほり」の店主。旬の素材を生かした季節感ある料理が人気だが「どうすれば良い食材と巡りあえるのか、教えられることばかり」と今村さん。
「今では各地の生産地への視察旅行にも同行し、勉強させてもらってます」というほどお付き合いは深くなっている。また、中村さんが世話人を務める料理人の集い「まんでい会」にも招かれ、ジャンルの垣根を越えたつながりが広がっているという。
料理人ばかりではない。器を扱う工芸店「ようび」の店主、真木啓子さんからも声がかかった。雑誌で今村さんの料理を見て「間違いのない良い素材を使っていて、手のきれいな料理だったから」というのがきっかけとか。
「器ひとつのしつらえで料理の味わいが変わりますからね」と今村さん。今では「ようび」の器を使うとともに、数多くの料理人を知る真木さんから料理に関しても多くのことを教えられているという。
これらはほんの一例である。それだけ多くの人が今村さんに目をかけているのはカウンタースタイルを伝承しながら独自に日本料理の道を切り開こうとする若手料理人に対する期待の表れでもある。カウンターのこちらとあちら、互いに磨き合うことで大阪の食はさらに高められていくのだ。
[2010年3月10日取材]



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[ 掲載日:2010年3月18日 ]