二人のシェフ
Rene Redzepi(レネ・レゼピ)
Jacob Kear(ジェイカブ・キアー)

Willy Monroy(ウイリー・モンロイ)さん
「Mexican Restaurant 覇王樹(SABOTEN)」オーナーシェフ

大阪・北堀江にある、メキシカンレストラン『覇王樹(SABOTEN)』。
オーナーシェフのWilly Monroy(ウィリー・モンロイ)さんはメキシコ南西部、太平洋に面した自然豊かな地・コリマ州出身。レストランを営んでいた両親の影響もあり14歳で料理の世界へ。母国やカナダでの修業を経て、一旦はメキシコへ帰国。しかし「バンクーバーで働いたとき、日本の知人からオファーをいただき」、2013年に所持金4万円を握りしめて来日。大阪市内にあるメキシコ料理店での修業を経て、2016年2月に自店を開いた。

「独立した頃は、トラディショナルな“本物の”メキシコ料理を、お客様に知っていただきたい一心でした」とウィリーさん。「今の僕の想いは、伝統をベースにしながら“日々、進化し続ける”こと」と言って目を輝かせる。

例えば、メキシコ料理に欠かせないトルティーヤは、トウモロコシを茹でるところから2日かけて作る自家製だ。またセビーチェ(魚介マリネ)などに用いる旬魚は、毎朝出向く大阪中央卸売市場で自らが目利きをする。メキシコの伝統と、日本の四季を大切にするウィリーさんならではの味づくりは、同業者の間でも話題になるほど。

「僕のクリエーションに、大きな影響を与えてくれたシェフは2人います」とウィリーさん。
一人は、Jacob Kear(ジェイカブ・キアー)さん(『LURRA°』共同オーナー)。
二人目は、北欧料理に革命をもたらしたとして世界で高く評価されているシェフ・Rene Redzepi(レネ・レゼピ)さん(『Noma』共同オーナー)だ。そのエピソードは、ウィリーさんならではの熱意に満ちていた。

独立後、オーナー権を100%所有することになったのは2019年12月。「あの頃からずっと、ファインダイニングに興味を抱いていました。ある日、京都にある『LURRA°』に食事に伺いました。シェフ・ジェイカブとの会話の中で、僕がメキシコ料理のレストランをやっていることを伝えました」。その数日後、ジェイカブさんは『SABOTEN』にやって来た。

かつてコペンハーゲン『Noma』のキッチンで経験を積んだジェイカブさん。自店では北欧と日本の文化を軸に、あらゆる国の要素を取り入れたクロスカルチャーな料理を生み出している。そんな彼から発せられた一言が、ウィリーさんは忘れられない。

“ウィリーは料理に対するパッションをものすごく感じる。あなたが作る料理は、メキシコ本国の味やスパイスを生かしていて、涙が出るくらい美味しい。日本一のメキシカンだ!”

「僕の人生をいい方向に導いてくれた、忘れられない言葉です」。
その後、コロナ禍により外食需要が低下。ウィリーさんもかつてない深刻な状況に陥ることになった。しかし、休日になればレストランの食べ歩きを欠かさず、一方で、ジェイカブさんをはじめトップシェフたちとのコラボイベントを開くなど勢力的に動き続けた。

ジェイカブさんからはこんな一言も。“トラディショナルを知っている料理人は、ガストロノミーの世界でも生きていける”

ウィリーさんは「ファインダイニングをやりたい」という想いをますます募らせる。
そんな折、『Noma』が京都に来ることを知る。2023年3月から約2ヶ月間、エースホテル京都で開かれたポップアップレストラン『Noma KYOTO』だ。

「My Dream!! それは『SABOTEN』をスタッフに任せられるようになった末に、デンマークの『Noma』で働くことでした。だけど、2024年に閉店することが判明したばかりだった…」。
オーナーシェフとしての経営も大切だし、デンマークへの道は閉ざされたなか、飛び込んできた『Noma Kyoto』のニュース。

ウィリーさんは即、驚きの行動に出る。「すぐに、レネ・シェフのInstagramにDMを送りました。“ポップアップの期間中、僕を働かせてください」と。並行して、『Noma』のホームページにもメッセージを送る。すると1週間後に、スタッフから返事が来た。

「“『Noma Kyoto』チームの一員に迎え入れます”と。僕は嬉しくて泣きましたよ。レネ・シェフはもちろん、『Noma』の誰だって僕のことを知らない。だけど、熱い想いが通じたのは本当に嬉しかった」。

ウィリーさんは、イベント期間中(3/9〜5/20)『Noma Kyoto』のキッチンに張り付いた。「契約を結び、給料も宿泊先も用意してくれました」。

初日の出来事は忘れもしないという。「初めて、レネ・シェフを見たときは、そのオーラが凄すぎて圧倒させられました。確か僕は、『Noma Kyoto』のバックヤードでナッツを砕いていたんです。すると、レネ・シェフがやってきて、1時間近く二人で話をしました。僕の経歴や『SABOTEN』について、メキシコのトラディショナルについて。『Noma』への想いや、ファインダイニングへの想いなど」。
その後、100人近くいるスタッフの持ち場が決まることになる中、ウィリーさんはメインセクション(キッチン)の中のスタッフに抜擢されたのだった。期間中は、冷前菜のセクションをはじめ、4つの部門を全て回り、みっちり学ぶことができた。

「人生をいい意味で変えてくれた2ヶ月間でした。やはり『Noma』は世界一のファインダイニングだと実感。それは、素材の目利きや、魚の捌き方一つから、料理人としてのメンタルに至るまで、レストランを構成する考え方すべてです」。

『Noma Kyoto』での経験と、日本国内外のトップシェフたちとの交流を糧に、2024年初夏、ウィリーさんは新たな船出を切る。
店名を『SABOTEN』から『MILPA』という名に変え、ウィリーさん念願のファインダイニングが誕生する。

「『MILPA』とは、アステカ人の言葉。トウモロコシを収穫した畑に、カボチャやマメなどを間作する、メキシコの伝統的な農法でありエコシステムのことなんです」とウィリーさん。

「僕がメキシコと日本で学んだこと、そして両国の食材を組み合わせながら、僕にしかできないクリエーションを表現したい。いつしかゲストには、“ウィリー料理”を食べに来た、と言っていただけるように」と、締めくくってくれた。

『SABOTEN』のアラカルトより。トスターダは、素揚げにした自家製のトルティーヤの上に、アボカドのクリームを添え、新鮮なアジの切り身を添えた。コリアンダーの香り、ライムの酸味が全体を引き締める。
イサキとホタルイカのセビーチェ。黄パプリカとトウガラシ、柚子やデコポンを用いたソースを、客の前で流し入れて完成。皮目を軽く炙ったイサキや、ホタルイカの旨みがソースの複雑な味わいと響き合う。
タコス・カルニータス。ブルーコーンを用いたトルティーヤの上には、豚肉の揚げ煮と、ピコデガヨ(トマト、タマネギ、トウガラシ入りサルサ)がどっさり。ライムをギュッと絞り頬張る。
この日の肉料理は、猪肉。薪火を用いた見事な火入れ。メキシコ産のトウガラシ4種や、ドライフルーツ、スパイス、カカオなどを用いたモレ・ソースとともに。
「新しいファインダイニングでは、今まで以上に薪火を使います。僕にとって薪火は、メキシコに住んでいた頃から馴染みのある熱源だし、一番、ナチュラルで扱いやすい」とウィリーさん。
ウィリーさんが影響を受けた料理本。火を熾して調理するノルディック・キュイジーヌから、メキシコ料理界の雄・エンリケ オルベラさんの名著にいたるまで多岐にわたる。ジェイカブさんからは「ファインダイニングを開きたいなら、“エスコフィエ”を全て読んで」と言われて読了。
「Mexican Restaurant 覇王樹(SABOTEN)」
住所 大阪市西区北堀江1-16-25 YSSビル
TEL. 06-6535-8836
営業時間 18:00〜23:00(22:00LO)
定休日 水曜
Instagram https://www.instagram.com/mexican_restaurant_saboten/

[ 掲載日:2024年3月8日 ]