ビストロノミーの精神を叩き込んでくれた
ティエリー・ブルトンさん

大川 隆さん
フレンチレストラン「コム シェ ミッシェル」オーナーシェフ

パリで90年代に台頭した「ネオ・ビストロ」は、カジュアルなビストロ・スタイルで高級レストラン並みの料理をリーズナブルに味わってもらおうとする料理人たちの動きを指す。客側からすれば従来のビストロにはなかった料理も味わえるのだから、賛同者が増えて人気店も生まれ注目を集めていった。

ある種の改革だったともいえるネオ・ビストロは、今では高級料理(店)でもなく大衆料理(店)でもない中間に位置づけられた新しい領域を確立。その料理やスタイルを称して「ビストロノミー」と呼ばれている。

大川隆さんは2003年、34歳のときに渡仏。パリの1つ星レストランで修業を始めた。そして本人も「運命としか言いようがないくらい」というタイミングのよさで、ビストロノミーを体現する料理人ティエリー・ブルトンさんのレストラン「シェ・ミッシェル」にスタッフとして入ることができた。

「ティエリーさんがオーナーシェフの個人店。70席ほどの規模なんですが、まさにネオ・ビストロ・ブームの只中で、常に満席状態の人気でした。それを、厨房は合わせて4人で対応していかなければならいから、鍛えられました」と大川さん。ティエリーさんのもとで3年間修業したが、後半は前菜とデザートを担当するまでになっていた。

大川さんは、日本ではホテルのレストラン部門で働いたこともあったが、独立するならフレンチ、しかもビストロを目指していたから、「シェ・ミッシェル」での3年はこのうえなく貴重な資産となった。ホテルのような大きな組織での経験と比較することで、個人店ならでの在り方もよく理解できたという。

なにより、ティエリーさんの実践を通して新しいフレンチを知り、ティエリーさんの教えを通してビストロノミーの精神を学んだのだった。すべては今、大川さんのなかで生きているという。以下、大川ビストロノミーをほんの少し。

「ティエリーさんは、バターと生クリームはほとんど使いません。毎朝、おいしいブイヨン作りから始まるんです。料理はそのブイヨンがベースになります。また、フォンやヴィネグレットのもとにもなっています。オイルが必要なときはオリーブオイルですね」。日本料理のだしに通じる話だ。

「素材は捨てるな、どこか使い道があるはずだから考えろ。とティエリーさんには常に言われてました。個人店だからこそ、無駄はだせないと。ガスや水の使い方まで細かく注意されましたよ」。大阪の料理人がうなずいているかも。

「デザートのなかにフロマージュが3種類ほどあるんですが、盛り合わせで食べ放題なんです。理由を訊けばティエリーさんはこう説明してくれました。フロマージュを選ぶ人は、ワインも注文する。そうすれば、フロマージュの分なんてすぐカバーできる」。なるほど、参考になりますでしょうか。

「メニューは、明らかに原価割れのものから利益率の高いものまで幅広い構成なんです。トータルにみれば利益がでるように計算されてますが。お客さんにとっては、ものすごくお値打ち感があるんです」。確かに、うれしいかも。

大川さんは帰国後、2009年4月に待望のレストランを開店。名前は「コム シェ ミッシェル」(コムとは、同じようにという意味)。本人も「すべてティエリーさんのコピーです」といって憚らない。しかし、大川さんは本家「シェ・ミッシェル」で供される料理を前菜とデザートとはいえ、実際に作っていたのだから、コピーではなく、同じ料理なのだ。

「京都に合うようにアレンジもしていないし、醤油やワサビも使いません」と大川さん。それでも、パリで味わったのと同じだと懐かしんでくれた人、胃にもたれないからとリピーターになった人、と新たなフレンチファンを掘り起こしつつあるようだ。

2年目に入った今、本人も自覚しているように「真価が問われるのは、これから」である。

[2010年4月7日取材]

ティエリーさんとのツーショット。パリで行なわれた屋台村みたいなイベントに出店したときの写真。
「コム シェ ミッシェル」のランチから
メインの1品「国産牛ホホ肉のブイヨン煮と季節の野菜 粒マスタード、エストラゴン風味」
料理のベースとなるブイヨンが肉にしみ込んだ、奥ゆかしい味わいのひと皿。
「コム シェ ミッシェル」のランチから
デザートの1品「パリ・ブレスト」
大川さんの定番メニュー。この日はアーモンドとの取り合わせだった。
レストラン「コム シェ ミッシェル」
住所 京都市中京区柳馬場通御池下る柳八幡町80番1
TEL. 075-212-7713
公式サイト http://www.commechezmichel.com/
京都のフレンチ激戦エリアにあえて開店。一棟を改装し、内装や調度まで本家「シェ・ミッシェル」のように設えている。

[ 掲載日:2010年4月19日 ]