食文化の普及

小西 由企夫さん 『エル ポニエンテ』オーナーシェフ

1962年兵庫県生まれ。調理師専門学校卒業後、1983年にスペインへ渡る。マドリード「カサブランカ」やスペイン各地で計4年研鑽を積む。帰国後は『ビゴの店』のレストラン部門立ち上げなどを経て1990年に再びスペインへ渡り、バルセロナで1年学ぶ。1991年苦楽園口『ドス・シバリス』でシェフに就任。1998年『エル ポニエンテ』開業。2001年に『エル ポニエンテ ゴソ』など、多店舗を展開。「なにわの名工」「厚生労働大臣賞」など受賞歴多数。

関西食文化研究会・コアメンバー 山根大助の視点
「『エル ポニエンテ』の小西シェフは日本でスペインがまだ馴染みの薄かった時代から、スペイン食文化の普及に尽力されてきました。長年の活動を通じて実際にその食文化を日本に根付かせた先駆者として、どのような信念や意識を持って取り組んでこられたのか、ぜひお聞かせいただきたい」

専門店化で広げたスペイン料理の認知と可能性

大阪市中央公会堂を正面に臨む土佐堀川沿いに、1998年にオープンしたスペイン料理専門店『エル ポニエンテ』。

2001年には日本で初めてのバル業態『エル ポニエンテ ゴソ』を展開し、バルブームを席巻した。その後、炭火焼きをコンセプトにする『エル ポニエンテ カルボン』、プランチャ(鉄板料理)をテーマとした『カボ デル ポニエンテ』、米料理をテーマとした『ファロ デル ポニエンテ』、モダンスパニッシュを表現した『エル ポニエンテ オラ』、魚介料理をテーマとした『マルスケリア ゴソ』、スペインの揚げドーナツであるブニュエロの専門店『ブニュエロス エルポニエンテ』、バスク料理専門店の『アマルール』を運営してきた。

「やりたいことをやってきただけ」とオーナーシェフの小西由企夫さんは大きく笑うが、これまで展開してきた店のテーマを俯瞰すると、常にレストラン業界の一歩先を見据えた先見性が浮かび上がる。そして今、それらは日本のスペイン料理界やレストラン業界のスタンダードとなっている。

未踏の国で感じた変革期の胎動

小西さんは1980年に調理師専門学校に入学。海外で働くことを夢見ていた熱心な学生だった。

時代はヌーベルキュイジーヌ全盛期。フランス料理の成績は優秀だったが、最先端のフランス料理はどこか馴染めなかったと振り返る。例えば学校の同僚と勉強のために足を運んだ高級レストランでは「オマールエビのゼリー寄せに入っていたエストラゴンの香りに驚いて料理を残し、引率してくれた先生に叱られました。当時のフランスを映した本物の料理だったと思いますが、合わなかったんでしょうね」と語る。

先の経験や当時「フランスは不景気でビザが取れない。スペインなら取れる」と教師から勧められたこと、さらに偶然手にしたスペイン料理の本に載っていた飾り気の無い料理に惹かれ、83年に20歳でスペインへ渡った。
「お酒は安くて料理は美味しくて、よく食べてよく飲み、愉快に騒ぐスペイン人の気質も気持ちが良く、自分にぴったりだと思いました」と、たちまち気に入ったという。

1980年代初頭のスペインは、70年代後半からフランスで興っていた「ヌーヴェル・キュイジーヌ」に影響を受けつつ、伝統的なバスク料理の重さや古典的な技法を見直してより軽やかで創造的な料理を求めて動きが始まった「ヌエバ・コシーナ・バスカ(新バスク料理)」と呼ばれた変革期。

「当時のスペインの高級料理を見るとフランスのソースや盛り付けを真似ていて、これならば日本の方が、レベルが高いなんて思うことも。働いていたマドリッドの店もモダン寄りでしたが、なんといっても休日のたびに足を運び、バカンスの時期になると短期間働いた地方の料理が楽しかった。昔から愛されている各地の郷土料理に刺激を受けました」

日本のスペイン料理黎明期からブーム創出へ

日本に帰国した87年当時は、スペイン料理店といえば神戸の『カルメン』や東京の『ロス・プラトス』などまだ少数だったというが、転機は92年のバルセロナオリンピックを機に訪れる。スペインやスペイン料理への関心が高まったのだ。
前年からシェフを務めていた苦楽園口のスペイン料理店『ドスシバリス』も人気店へと成長。そして98年に『エル ポニエンテ』開業を果たす。

当初からレストランとバルの両立を構想していた小西さんは、店の一角にカウンターを設置し、そこだけ立ち飲みにしてショーケースにタパスを並べるバルスタイルを導入。空前のワインブームも追い風となり、カウンターは連日満席。「これはレストランが落ち着かない」と、バルだけを専門店化したのが『エル ポニエンテ ゴソ』だ。

「当時、西洋料理の立ち飲みはお客さんが入る訳ないと言われ、悔しかったですね。なかば反骨精神で突き進み、バルブームが起きた時には手応えを感じました」と話す。その後の快進撃は、冒頭の通りだ。

未知の食文化を日本に紹介する際、多くは日本人の味覚に寄せる形をとる。しかし小西さんはそれを選ばなかった。膨大な郷土料理の中から、日本で根付く可能性のあるものを見極め、取捨選択を重ねながらテーマごとに専門店化として提示するという、料理におけるキュレーション(選択と編集)を実践した。

なぜ、こうした考えに至ったのだろうか。

「スペインは気候や地理的にも多様で、それぞれの地域に適した食文化が根付いています。現地では、北と南の料理を一緒に出す店はなく、地元愛がとても強い。私にとって、何でも出す店は不自然でした。スペインは広大なので、もちろん日本人に合わない料理もあります。そこで、何百種類もあるスペイン料理のレパートリーの中から、日本人に合うものをチョイスして専門店にするのがいいと思ったのです」

“ごまかさない料理”という矜持

『エル ポニエンテ』開業以降も、世界のスペイン料理界は刻々と変化を遂げた。
90年代後半から2000年代にかけて『エル・ブジ』のフェラン・アドリア氏によって独創性やエンターテイメント性という新しい潮流が世界に拡大。イノベーティブの震源地としてモダンな料理が盛んになった。

「フェランの料理は分子技術を用い世界を驚かせましたが、スペイン料理を知る者にとっては“あの郷土料理をベースに分解再構築している”とわかるものでした。しかし、次の世代となる例えばムガリッツは、難解で考えさせられる料理が多い。さらに最近でいえば、マドリッドの3つ星店なんかは、餃子のようなものにキムチが入っていて驚きました。ストーリー性や多国籍、実験的なものが入り混じり、方向性が見えにくくなっている。それが今のスペイン料理の進化形であるとは理解していますが、本質的な美味しさから距離が生まれているように感じます」

フランス料理のエスコフィエのような体系化された厳格なルールやレシピがなく、例えばフランス料理が複数の鍋を用い、多層的なプロセスや味を積み上げる加算の料理であるならばスペイン料理は作り方も比較的自由であり、一つのカスエラ(鍋)の中で素材の旨みを逃さず完結させるといった素材重視の料理が特徴。そんなスペイン料理の魅力を小西さんは「ごまかしのない料理」と表現する。シンプルな調理で素材から出た旨みを余すことなく料理に活かす純朴性、ソースや旨みを足して取り繕わない料理だ。

「当店の料理は、80年代のスペイン料理を今も再現したもの。日本人向けに味をアレンジしているのか、と聞かれることが多いですがそれはせず、スペイン人が美味しいと思う味です。来店したスペイン人が、こうした料理は母国でも食べられなくなったと言って喜んでくれます」

先駆者として司厨士協会の理事や日本生ハム協会の役員などを務め、フェアの開催や食文化継承の活動も続けてきた小西さんは、若い料理人からスペインへの留学や修行を相談されることも多い。そうした時は「3つ星レストランではなく、料理上手なお母さんの料理を見てきなさい」とアドバイスするという。

それは、クラシックな土台を知らずに表面的かつモダンな部分ばかりを真似て独立する人がいる現状に、危機感を抱いているため。まずはリアルなスペイン料理を知るため、家庭料理や大衆食堂のような場所こそを知るべきだと考える。

「フランス料理の場合、ネオ・クラシックといった原点回帰の動きが起こっていますが、スペイン料理の場合は未だにモダンな方に目がいっている。日本のスペイン料理は20年〜30年遅れていると思います。私が今、危惧するのはスペイン各地の郷土料理が消えていっていること。昔はおばあちゃんの時代の料理を食べられる店が、残っていましたから。引退後はそうした料理を編纂した本を作りたいですね」

本場で体得した80年代のスペイン料理を軸に、キュレーションし専門店化。その編集力と持続力が、スペイン料理をここまでのスタンダードなジャンルへと押し上げた。小西さんの仕事は単なる店づくりではなく、文化の翻訳と定着の実践であった。

正面に大阪市中央公会堂を臨む。ゆったりとした川沿いの環境が気に入ったこの場所は、開業当時は周辺に店が無いエリアだった。「人から驚かれるような場所を開拓してきました」と小西さん。
アットホームな店内。壁には、スペインの人々の暮らしを切り取った写真が飾られている。
店内奥には表彰状を掲げるコーナーが。現代の名工やイベリコ豚生ハムカッティングコンクール優勝、全日本司厨士協会による功労表彰、厚生労働大臣表彰などが。
スペイン人の生き方そのものが好きだと話す小西シェフ。「シエスタ(昼休み)になると仕込みが途中でも帰ってしまって、いい加減だと驚いたけど、その力の抜けたところがスペイン料理の極意だと気づいた」と笑う。
ある日のランチ(2750円〜)より。しみじみと旨いスープに、チョリソーのパンチや豚ミミのリズミカルな食感が響く「白インゲン豆とポテトのスープ アラゴン風」(写真左/または上)。フライにしたタラの身とそのゼラチン質が口のなかでほどける「函館産タラのフライ ニンニクの茎のクリームソース」(写真右/または下)。
『エル ポニエンテ』
住所 大阪府大阪市中央区北浜2-1-21つねなりビル1F
web https://www.elponiente.jp/

[ 掲載日:2026年2月20日 ]