自然で優しい味わいが魅力の奥出雲の食材

塩見 康文さん
洋食ラボ「エスピューレ」オーナーシェフ

洋食店と聞けばクラシックなイメージがあるが、店の前までたどり着いて驚いた。「エスピューレ」は、福島区吉野の商店街の外れで異彩を放つ一軒だ。モードなセンスを感じさせるグラフィックの看板。店の中に入ると、真っ赤な座席と白いテーブル、そして野菜のグラフィック。店名には「洋食ラボ」という冠がつく。このような店とした理由には、これまでの洋食のイメージを払拭したいというオーナーシェフ、塩見康文さんの想いがあった。

塩見さんは住之江にある老舗洋食店「源ちゃん」や文の里の鉄板焼き「セルぺぺ」などを経て、2006年に独立し、今の地に店を構えた。独立する前から心に秘めていたことがある。それは、「ジャンル的にB級だったり、ファミレス的に扱われてしまっている」と感じていた洋食のイメージを払拭したいということだ。そのため、ハンバーグならソースがガルニなど別の食材にかかったりしない。食べたあとに、いつまでもハンバーグの味が残るようなもたれる味にしないこと。つまり、単調な味にしないということに気を使う。

単調な味にしないために、食材や料理法に変化をつけた。ハンバーグを作る際は山芋や豆腐を混ぜ、軽い食感にした。ソースにもバターや小麦粉は入れず、野菜のピュレでつなぎ、焼いている時に浮いてくる油もすべて取り除く。「野菜をたっぷりと食べられる店にしたかったと」いうことで、野菜は見える形で、ソースや料理に溶け込んだ形でたくさん使われる。店名の「エスピューレ」の「ピューレ」は野菜のピュレを意味しているほどだ。

その野菜をはじめとした食材は、塩見さんの奥様の出身地でもある島根・奥出雲のものが多く使われる。香り高く、しっかりとした野菜の味がする「景山農園」の無農薬・無化学肥料の野菜。香り、風味が良く、不自然な濃さがないさっぱりとした味わいの「横田牛乳」の低温殺菌牛乳。箸で黄身をつまんでも潰れない、昔の卵の味がする「狩野養鶏」の庭先たまごなど、さまざまな食材が料理に使われる。安心・安全をキーワードとして店を営む塩見さんにとって、願ってもない、素晴らしい食材ばかりなのだという。

写真にある「アオサノリのブランマンジェ」に使われていたのは、奥出雲のアオサノリと横田牛乳の牛乳、「井上醤油店」の古式醤油の入ったダシのゼリー…と、奥出雲食材の結晶だ。クリーミーではあるが、口当たりは滑らかでさっぱり、アオサノリもそれだけが主張することなく、すべての食材が優しく溶け合っている。ハンバーグに使われる牛肉も奥出雲産100%だ。

塩見さんは、奥出雲で出会った生産者に対して、大きな信頼を置いている。そして、彼らから送られる食材を生かすため、ワインも奥出雲ワインをラインナップに加えている。決して力強い味わいではないが、山ぶどうとの交配品種を主体に作られた「日本のワイン」は優しく、奥出雲の野菜などにぴったりなのだ。もちろん、「濃い味」の洋食料理の定番であったボルドーなどもラインナップされるが、じんわり優しい味わいが魅力のエスピューレの料理にはこちらの方が向いているだろう。

そんな料理を生み出す彼に、料理人として影響を受けた人を尋ねた。まずは、6年間勤めた「源ちゃん」のシェフ。料理のアイデアや組み立ては「源ちゃん」で培ったものは大きい。いろんな食材を重ねながら、料理として着地したときにしっかりしているのはさすがだという。たとえば「山芋のグラタン」には、ベシャメルソースの代わりに、山芋と牛乳をベースにしたソースを使っている。初めてそれを知ったとき、ベシャメルソースの方が美味しいと思っていた自分のイメージが大きく覆されたという。

そして「パッパ」の松本シェフ。今や3軒もの店を出しているのに、現場にこだわっている姿勢が素晴らしい、と。食べに訪れるといつも汗をかきながら、一生懸命料理を作っている姿には感動するという。同じように東京と京都を行き来しながら現場に立ち続ける「イル・ギオットーネ」の笹島シェフにも感じるところがある。人としての魅力、そして、さらに美味しいものを作り続けようとする姿を見て、自分もそうありたいと思うのだそうだ。

立っていられる限り、一生現場で料理を作り続けたいという塩見さん。素材選びに、料理を作る姿勢に、常に高い理想を求める洋食店。洋食のイメージを高めたいというその姿勢は必ず報われることだろう。

[2010年5月14日取材]

「奥出雲ぶどう園」で生産される奥出雲ワインは3,900円。手前左側は福知山「梅垣ぶどう園」とのコラボレーションで作られた限定品。
アオサノリのブランマンジェは小さなレンゲ4つに載せて供される。これで420円というリーズナブルなプライスも魅力。ランチのコースにも付く。
100%奥出雲和牛煮込みハンバーグステーキは1,580円。見た目はヘビーだが、いただくと思いのほか軽い仕上がり。野菜をたっぷり使ったソースも美味しい。
洋食ラボ「エスピューレ」
住所 大阪市福島区吉野2-8-10 ソルイルナ福島 101号
TEL. 06-6447-5080
赤と白を基調とした店内は洋食店とは思えない。野菜を特に重視したメニューだけに、野菜のグラフィックも。

[ 掲載日:2010年5月26日 ]