目利きも人との付き合いも、多くを学ばせてくれた中央市場の魚

鈴木 浩治さん
「ラ ルッチョラ」シェフ

「僕の人生は挫折の連続なんです」。いまや大阪イタリアンの中でも魚を食べるならここという人も多い「ラ ルッチョラ」のシェフ、鈴木浩治さんはそういってこれまでの人生を振り返る。子供の頃から料理が好きで、キッチンでケーキなどまで作ってしまう、ちょっと風変わりな少年。

本格的に料理に出逢ったのは、滋賀・長浜で過ごした高校時代の喫茶店でのアルバイト。「本格」とは呼べないかもしれないが、手間をかけた丁寧な料理というものを知った鈴木少年は、卒業後、地元のコーヒーチェーンに就職する。けれど、働くうちに料理への想いが強くなり、京都のフレンチ・ビストロへ。けれど、その店が閉店することとなり、その後いくつかの店を転々とする。

もともとフランス料理をしたいと考えていたこともあり、スイスのホテルに修業に出ることとなり、インターラーケンにあるホテルの厨房に入る。だが、そのホテルで出される料理に納得がいかなかった。「自分は乳製品と淡水魚ばかりの料理を作りたいわけじゃあない」。修業を手配したコーディネイターとのトラブルもあり、程なく帰国することとなる。

日本に帰ってきても当初はヘルプとして入っていたが、その中で最初の出会いがあった。イタリア料理だ。今も南船場にある「コロッセオ」。イタリア人がオーナーで、シェフも当時はサレルノ出身のイタリア人だった。そこでシェフから魚介を使った料理を学び、魚介に目覚めたのだという。ただ、その後も決して順風満帆とはいかなかった。シェフを任された店は閉店を余儀なくされ、その次の店では利益重視のオーナーとの衝突があった。

そんな彼を動かしたのは魚への想いだ。「ちゃんと魚の勉強をしなければいけない」そう考えた鈴木シェフは奥様と乳飲み子を抱えていたのにもかかわらず、シェフの仕事を辞め、中央市場の鮮魚店で勉強を開始した。従業員ではない。あくまでも勉強のために自ら進んで手伝いをするだけの身分だ。

中央市場でも三指に入るという活け専門の高級鮮魚店「文亀」は扱う魚も一級品ばかりだった。冬に入って春先までの約半年間、朝3時には店に入り、5時のセリにも顔を出した。魚を見、触り、その日自分が見極めた魚を大将に報告する。大将は厳しい人ではあったが、鈴木シェフの目利きを褒め、いくら高くても競り落としてくれたという。ヒラメ、オコゼ、タイ、アブラメ、クロメバル…ただ腹が肥えているだけではなく、どういう魚がいいのかを学んだ。これまで自分が扱ってきた魚は何だったのか、自分の目利きはどの程度のものだったのか、思い知らされた。

もう一つの出会いがあった。心斎橋の割烹「作一」の大将だ。店が厳選して競り落とした魚からさらに厳選する。その選び方と理由を教えてもらった。もし鈴木シェフが日本料理の人間ならそれを訊くことも憚られただろうし、大将も答えてくれたかはわからない。しかし、鈴木シェフは真正面からぶつかり、大将はそれに応えてくれた。そして、そこから今に至る付き合いが始まった。

いまでも気にかけ、事あるごとに店を訪れてくれるという。例えば、魚の臭みの抜き方1つにしても「ちょうどの塩で3時間だったものを、塩を半分にして倍の時間、なんていうアドバイスまで頂いています」。

店はオープンして丸4年が過ぎ、5年目に突入した。厳しいけれど優しい人々に魚を通して巡りあったという鈴木シェフ。「皆さん、真剣に向かうと手を差し伸べてくださいました」と。そんな魚に対する、料理に対する真剣な姿勢が評価を増し、魚好きの集まるイタリアンとなったのだ。

[2010年8月5日取材]

メニューは魚が中心。本当は魚だけにしたい気持ちもあるが、やはり肉も必要と考え、シェフの地元・近江牛の料理も供する。
見た目はただのイワシのスパゲッティだが、この料理にこそシェフの目利きが生きている。イワシは入荷の状態も脂のノリにもかなり差がある。それをどのように仕込むのかというところに市場での知識、作一の大将から教わった知識が生きているという。
「ラ ルッチョラ」
住所 大阪市福島区福島6-9-17 レジオン福島 1F
TEL. 06-6458-0199
カウンターを中心とした、カジュアルな店内

[ 掲載日:2010年8月20日 ]