独学で開いた店だからこそ、何ものにも代えがたいお客様との出会い

千田 修幹さん
「ポッサムチプ」店主

1995年の阪神大震災を受け、隣の長田区から兵庫区に家族で移り住んだ千田さん。家族で力を合わせて何か商売をしようということではじめたのが、今と同じ場所で開いた「千寿」という焼肉店である。震災から約1年後、1996年のことだった。小さな頃から、ホルモンを食べつけ、お母様も焼肉店で働いていたということもあり、気軽な気持ちではじめた。

しかし、ふたを開けると大変だったと、千田さんは語る。それまで、焼肉店で修業した経験もない彼はそもそも肉の切り方さえ知らない。お母様の伝手で肉を卸してくれることになった業者の一角を借りてある程度まで切り分け方を教えてもらい、肉を運んで店に戻ってからは、専門書を見ながら切り分けていく。そして知り合いの焼肉店で仕事を手伝うなどして、なんとか店を切り盛りしていくメドがたった。

ところが、比較的堅調だった店の経営に大きな障害が立ちはだかった。2001年に起きたBSE問題だ。客が0という日も少なくなく、月の売上もそれ以前の3~4割程度にまで激減した。だが、そこで気付かされたことがある。それは、肉やホルモン、そして店そのものに自信やプライドを持っていなかった自分自身のことだった。そして、出直しをはかるべく、店を一度クローズした。

どうすればこの状況を乗りきれるか?その答えを出すために、千田さんは自らのルーツである韓国に飛んだ。現地で2週間滞在しては食べ歩き、また日本に戻って2週間仕事をする。そんな動きを3カ月間続けた。そして、店をリニューアルし、豚ホルモンの店にした。けれど、思惑は外れ、1年で方向転換することになる。豚ホルモンの専門店は失敗に終わったが、自分の持っているものすべてを店にかけるという覚悟がこの時生まれた。

「また牛肉を使った焼肉店に戻そう」。そう決意させたのは地元のお客さんたちの声だった。「やっぱり牛肉の方がいい」と。みんなが牛肉を食べたがっていることを実感し、1年もすると牛肉一本に戻った。もう、迷いは無かった。牛肉だけでやっていけるという自信を付けさせてくれたのはお客さんだった。そんな時、一人のお客さんと出会う。てつやさんという焼肉サイトの管理人だ。ただ、BLOGに書き綴るだけでなく、週に2~3回通っては意見してくれた。

通いつめられると、同じメニューばかり出すわけにいかないと考えた千田さんは、様々な料理を考えては、てつやさんに食べてもらい、意見をもらった。子供の頃から剽軽で、人を喜ばせることが好きだという千田さんの魂に火が付いた。今や多くの人が注文する「コース」も最初は、てつやさんの為に出したものだ。一人で来る人のためにいろんな部位の刺し身や焼きを1枚ずつ提供した。

店の開店当初は「80点くらい取れたらいい」と思っていた千田さんも、この頃には一人ひとりのお客さんに一切手抜きをせず、100点をもらえる料理にしたいと考えるようになったという。肉の提供方法だけではない。例えば、どこの店に行っても当たり前のようにゴマ油と塩で食べる生レバーも、肉の良さをより引き出すためにわさび塩にした。修業経験のない素人だったからこそ、先入観なしにいろんなアイデアを形にしていくことが出来たのだ。

近い将来には焼肉のテーマパークのようなコースだけの店を別に作りたいと思っていると語る千田さん。全てはお客さんたちを笑顔にするため。子供の頃から人を喜ばすことが好きだった少年は天職を得て、幸福に包まれた店(ポッサムチプ=福包家)でお客さんが来ることを楽しみにしている。

[2010年9月8日取材]

今日のオススメの牛の部位を絵で。こういうセンスも楽しい。
コースの中から刺身盛り合わせと牛肉寿司。刺身は手前右から時計回りにミノ湯引き、生レバー、生センマイ、ハート刺し、ユッケ、赤身刺し。奥の寿司はこの日は三角バラ。
「ポッサムチプ」
住所 神戸市兵庫区駅南通1-2-20
TEL. 078-681-8888
テーブルは基本4人席で、よく見るとホルスタイン柄のテーブルもある。

[ 掲載日:2010年9月21日 ]