“五感の料理”が食の感動を導くと教えてくれた ミゲル・サンチェス・ロメラさん

2003年のオープン以来、エスプーマや液体窒素など当時最先端の料理技法を取り入れ、注射器や試験管などビジュアルとしても鮮烈な演出を用い、関西料理界の話題を浚ってきた藤原さん。10年、11年にはミシュラン関西版での2ツ星を獲得し、サプライズ&インパクトがその料理を語る上での形容詞として定着した感もある。しかし、その影に科学的で無機質という含意があったことも事実ではないだろうか。「開店当初は新しい技術や驚きを伝えたいという想いが先行していました」と藤原さんは当時をふり返る。
20代の後半、修業先のイタリアで『エル・ブリ』の薫陶を受けたシェフに出会い、その衝撃に促されるように向かったスペイン。「『エル・ブリ』で働こう」との想いを抱きながらも、あまりに巨大な厨房と組織を目の当たりにして、「僕は労働者としてではなく、料理人としてのスピリッツを学びたい」と気付く。そして、導かれるように一軒のレストランに出会うのだ。「シェフは脳神経科医で、週に2日はお医者さんで残り5日は料理人。オレは休みなしで働いているというのが口癖で(笑)」。その人こそが、レストラン『レスグワルド』のオーナーシェフ、ミゲル・サンチェス・ロメラ氏。「ミゲルは『五感の料理』という著書を出すほど人間の感覚を信じていたひと。彼と供に働くことで、味だけでなく色彩や盛りつけで脳を刺激するといった、目や耳、鼻、肌など五感に訴えかける・・・そういったことに、ひとの感動を引き出す要素が潜んでいることを学びました」。
ならばそれに応え、食べ手の想像を超えていく皿を作るのが料理人の意気ではないかと。「神経質でストイックなひとでしたが、とても可愛がってくれた。似た性格を僕に見ていたのかもしれません」。3ヶ月の約束が気付けば1年近い月日となり、いよいよ『レスグワルド』を去る日、「スペインでは君は僕の息子だ」と言われるまでの関係をふたりは結んだ。藤原さんの料理への固定観念を取り払ってくれたのが『エル・ブリ』なら、五感を信じ、それを駆使することの愉しさを教えてくれたのがミゲル氏であったのだ。
そしてもうひとり、藤原さんにとって大きな影響を与えたひとがいる。
「開店以来、料理が科学的と思われることへの反動もあって」、藤原さんは「自然」への関心を強めていった。同じ頃「京都の『草喰なかひがし』によく通っていて、中東久雄さんの料理や姿勢に強烈な憧れを感じたんです」。しかし、同じことを大阪でやっても意味がない。都市には都市なりの、自分には自分なりの自然へのアプローチがあるはずだ。それを実現する場をつくろうとの想いが結実して、2010年10月13日、『Fujiya1935』はリニューアルオープンを迎えることになった。
ガラスの扉を押し開けて店へ入ると、ほのかな灯りが闇を照らすウェイティングにたどり着く。青い皿のオブジェ、さりげなく配された木や花。泉の湧く深い森の中へ迷い込んだように、すぐそばにある都会の喧噪が遠のいていく。柔らかな光が満たす客席はかつてのクール&モダンではなく、安らぎを覚える印象。「都市の中の自然」。それがリニューアルの一番のテーマになったという。
人間が自然の一部である限り、五感もまた自然との原体験によって築かれているはずだ。「例えば子どもの頃、畑でトマトやキュウリをもいで、そのまま塩を付けて食べた記憶。都市生活をしていると忘れてしまうそれらを、この店を訪れることでもう一度思い出してほしい」。今よりほんの少し野生に近かった時代。それを彷彿させる料理を、自分なりのアプローチで目指したいと藤原さんは話す。そして、そのために「液体窒素を使っても、それは手段であってもう目的にはなりません」。
ひとの五感を記憶に結びつけ、都市の中で自然を感じるためにできること。その答えが、いま始まったばかりの藤原劇場第二幕の主題となる。
[2010年11月11日取材]


ラディッシュに付いている土を模したものは黒皮茸のペースト。ほのかな苦みの中に大地の香りが混じり、畑で食しているような不思議な錯覚に陥る。「自然を表現する」料理のひとつ。


住所 | 大阪市中央区鎗屋町2-4-14 |
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TEL. | 06-6941-2483 |
公式サイト | http://fujiya1935.com/ |

[ 掲載日:2010年11月22日 ]