卓越した独創性は、他の追随を許さない 森 義文さん

川添 雅嗣さん
「川添」主人

季節素材はもちろん、目新しい食材を用いながら和洋自在の料理を供する、「川添」。店主・川添雅嗣さんが北新地に店を構え、今年で11年になる。「僕が刺激を受けた人は、森さんしかいません」ときっぱり。川添さんは、北新地「カハラ」・森義文さんのもとで18年間、料理人を務めた。

川添さんが、20歳前半の頃。料理人としてのスタートは、北摂の大衆寿司屋だった。約2年の修業後、「料理の仕事をやるんだったら、より質のいいものに出会いたい」。とはいえ、川添さんは一旦、諸事情があり地元・宮崎県へ帰ることに。そしてある日、地元の本屋で何気なく、料理専門誌「四季の味」のページを開いた。「冒頭ページにどーんと、森さんの料理が載っていたんです」と川添さん。【欧風料理歳時記 カハラ 森 義文】と名付けられたその見開きには、ザリガニや松茸、トリュフ、銀杏などを、吹き寄せにした紙包み焼きが、人間国宝・藤原啓氏作の、存在感のある備前焼角皿に盛られている。「日本料理のような、でもフランス料理のような。しかも、ザリガニを使うの!?って、もう何もかもがミステリアスな感じ(笑)。そして次のページには、ワインで蒸したサーモンに、タピオカをあしらったホウレン草のソースですよ。今でこそ、タピオカも知られてはいますが、当時(昭和53年)は何それ?の世界ですから。どんな人がこの料理を作っているのか?居ても立ってもいられなくなって」、川添さんは即、「カハラ」へ電話を入れ、森さんと会うことになったのだ。

一冊の雑誌が、繋げた人と人との縁。ページをめくらなければ今はなかったと、川添さんは話す。「あいにく「カハラ」の人員に飽きがなく、森さんの紹介で、洋風懐石料理店『アルデパレス』に入りました」。川添さんは『アルデパレス』にて、フレンチの仕込みや調理を一から学んだ。そして半年後、「カハラ」森さんのもとで働くことになったのだ。

「その独創性は、追随を許さない」。川添さんが何度も繰り返しそう話す、森義文さんの世界。「何もかもが最先端で、とてもじゃないけれど追いつけない。料理はもちろん、食材、器、器の扱い方、設え…、あらゆるものに精通している、卓越した存在が生み出す、空間すべてがそうなのです」。たとえば、李朝や古伊万里の皿などが普通にあって、いつも良いもの、本物に触れられた。「でも、本物を知るには、目を慣らさないといけない。暇を見つけては、東洋陶磁美術館へ通っていましたね」。そして、単なる器好きでは駄目、正確に扱えないといけない、ということも学んだ。「温かい料理を盛る皿は、事前にお湯で温める、冷製の皿は氷水で冷やす。そこまで気を使うのですから」。森さんの取り計らいで約1年間、店には出ず、漆塗りを経験したこともあったという。常にいいものに触れ、そこから感じ取り、いかに自分自身に落とし込むか? 淡々と仕事をこなすところから、見えてくるものがあるということを学んだ。

「森さんは、とにかく仕事量も凄い」と、川添さん。「僕がいた頃は、料理専門誌の連載をはじめ、テレビ出演もこなす。そして通常の夜営業。しかも閉店後、飲み行くとなったら朝まで」。そんな、森さんのタフさにも驚きだが、スタッフの仕事量も相当なもの。「仕込みはもちろんですが、スタッフは週2回・昼夜各2品ずつ新作のまかないを作るという毎日が続きました」。その仕事内容や緊張感もあって、川添さんは1ヶ月で10kg以上痩せたことも。「半年続かない人もたくさん見てきました。でも、つねに新しいものを創造し続けるし、人がやっていないことにどんどんチャレンジする。そんな森さんの、料理があまりにも凄すぎて、辞めるに辞められないんです。気がつけば18年が過ぎていました」と、川添さんは笑う。

森さんといえば、常に新しい食材を探し歩く、研究熱心さでも有名だ。取材日、川添さんは、北海道で揚がった深海魚「ゴッコ(ホテイウオ)」や、京都・夜久野の「黒ぼく大根」、島根の「シャキシャキモズク」など、目新しい食材を用いた料理を供してくれた。「森さんの、食材への探究心やフットワークの軽さにも、今なお刺激を受けていますね」。

[2011年2月22日取材]

「この雑誌に出会わなければ、今の僕はなかった」と川添さんが話す、昭和53年秋発行『四季の味 No.36』。
見開き一面には、ハッとさせられるほど圧倒的な、森さんの料理が鎮座する。
前菜の一品は、「ゴッコ 蕗の薹 白菜のソース」。カラリと揚げられた、北海道・道南産の深海魚・ゴッコ。身は淡白で、表面に厚いゼラチン層がある。そのプルンとした食感に、白菜の甘みを活かした優しいソースが寄り添う。
ゴッコ(ホテイウオ)は、一見フグのような膨らみのある魚で、体長約20cm〜30cm。海底に棲む、腹部に吸盤をもった魚だが、産卵時期は沿岸近くまで寄ってくるため、冬に漁獲量が多い。
「合気道」をはじめて18年、という川添さん。「無駄な力を使わない、合気道独特の力加減や感覚、そして呼吸法。これは厨房での体の使い方と共通する部分があるんです」。長時間、厨房に立ち続けても疲れにくい体作りと精神力を、合気道から学んだ。
「川添」
住所 大阪市北区曽根崎新地1-9-6 菱冨ビル 1F
TEL. 06-6456-4300
場所は北新地・永楽町通り。飲食店が連なるビル1Fに位置。和でもなければフレンチでもない、旬の滋味を活かしきった独創性のある料理をいただける。コース9500円(税別)。

[ 掲載日:2011年2月25日 ]