ロジカルな料理論を教えてくれた 山根 大助さん

「料理人を志すまでは、とにかく偏食だった」。京都・祇園のリストランテ「キメラ」のシェフ・筒井光彦さんは、そう笑ってこれまでの人生を振り返る。学校で出された給食は、味も量も、どうしても筒井少年には合わない。家でも同じ有様だ。「でも食欲旺盛な日が1年に数回だけあった」。それは、母の地元、愛媛・松山へ里帰りしたとき。祖父は酪農家だから、牛の餌やりや搾乳も手伝ったし、酪舍そばの畑でもぎ採る野菜が大好物だった。「愛媛には、漁師の親戚もいるんです」。獲れたての鯛を海水で炊いた鯛飯、揚がったばかりのイカなら海水で洗いぶつ切りし、お刺身に。そんな鮮魚料理の数々に、筒井少年は興味を示した。「いま思えば、新鮮な食材や素材感のある料理は食べられたのでしょう。母が作る料理も同様です。逆に、調理をして時間が経過したものなどはダメでした」。偏食といえど、幼少の頃から敏感な舌をもっていたのだろう。
高校生の頃になってやっと、「自分が食べられるもの」を見つけだしていくことになる。「たとえばナスの皮はNGだけど、中身は食べられる、とか。目玉焼きの火入れなら、白身は固まっていてほしいが、黄身は半熟がいい」といった具合に。そうして筒井さんは、自身の舌に合う味を探し続けた。「高校の頃、科学が大好きだったんです。だから火が入るなどして、ものが変化していく状態を見るのも楽しくて」。無意識のうちにサイエンスの楽しみを、料理に見出していた。
そして、料理学校へ入学。学生時代は、京都の名リストランテ「フクムラ」でアルバイトも経験した。白トリュフやバルサミコ酢など、学校では扱わない食材や調味料も、「フクムラ」で扱い、教わった。「なけなしのお金で、京都のいろんなイタリア料理店にもおじゃましましたよ」。でも、就職したいと思える店は正直、なかった。そして大阪のレストラン巡りとなる。当時、大阪・堺筋本町にあった「ポンテベッキオ」を訪れた。「料理の盛り付けや彩りはもちろん、力強さやエレガントさ。もう全てが驚きと感動でした」。そして「フクムラ」オーナーの協力もあって、この店で働きたいという切なる想いが叶うことに。料理学校卒業後、「ポンテベッキオ」に入社。その後、12年という年月を過ごし、シェフの座までのぼり詰めることとなる。
「ポンテベッキオ」は、イタリア料理の基本をすべて教えてくれた。いや、教えてくれたわけではなく、山根シェフがどのような考えで料理を作るのか、見るチャンス、考えるチャンス、作るチャンスを与えてもらったと、筒井さんは話してくれた。
「マスターは、とにかくロジカルに料理を捉える人でした」と筒井さん。(当時のスタッフは、山根シェフのことをマスターと呼んだ)。
「まず“調理と料理は違う”という考えです」。魚を切っただけでは「調理」でしかならない。いかにその魚の良さを引き出す、ベストな火入れや味付けをするかが「料理」だということ。「そして、マスターは常に『最適調理』という概念を持っていました。食材の特性を理解すれば、最も美味しく食べられる切り方、火の入れ方など、方法はおのずと見えてくるのです」。
たとえば、仔羊の骨付き肉(アバラ部分)。そのまま火入れをした場合、脂身は柔らかいが赤身は固く感じる。ならば脂身で赤身を包めばいい。では肉のジューシー感を引き出す火入れとは何なのか。それを知るために、炭火を使ったロースターなど火入れ方法、その温度違い・・・と、何十パターンと試みるのだ。「最適調理をすれば、どの国の人が食べても旨いと思える、というのがマスターの考え。料理に国境はありますが、調理法に国境はないですから」。
料理業界へ入ってからも、若干、偏食は残っていた。「だけど、食材の味が分からないと料理は作れない」。そうして、食材の特性を探し続ける日々が続き、「強制的に何でも食べたし、食べられるようになったのです」と筒井さん。「例えばキュウリ。花が付く部分と、下の部分とでは味が違います。そうすると、種はどんな味?皮はどんな味?と、もう実験のような毎日」。食材を、ひとつの食べ物として見るのではなく、「パーツ」として深堀りすることとなる。そうして筒井さんは、「最適料理」を実現させるべく、素材そのものをより細分化し、特徴を捉えていく術を会得したのだ。
「マスターに、“これいい料理できてるな”と言ってもらえた一品です」。そう筒井さんが言う料理が、「明石産真ダコの真空柔らか煮とセロリ×3」だ。素材は、タコとセロリのみという、大胆なほどまでのシンプルさ。「タコの堅くもない、柔らかくもないギリギリの食感を、半年かけて見つけ出しました」と筒井さん。88℃のスチコンで1時間30分。その食感とともに、甘み、旨みをもっとも感じられる提供温度も見いだした。タコに添えられるのは、極限まで甘みを際立たせた根セロリのピュレと、セロリを余すとこなく使った緑のジェラート。「タコに足りない味を補ってくれるのがセロリだったのです。根セロリのピュレが、タコにはないやさしい甘みとコクを。そしてセロリのジェラートが、タコとは対照的なさわやかな苦みや香りを奏でます」。
「たとえば、タコに最も相性のよい“1つの素材”は何なのか?なんです」。それは修業時代、山根シェフが常に話していたことだ。脇役に3つの素材を選ぶならチョイスは簡単だが、最もの相性のよい1つの素材となると、これが難しい。「でもメインとサブを明確にさせることで、“この料理のここを見てくれ。伝えるべきところがないものは出すな”ということを、マスターは教えてくれていたような気がします」。
山根シェフから学んだ料理作りに対する姿勢は、筒井さんの血となり骨となっていることは紛れもない事実である。
[2011年4月20日取材]



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[ 掲載日:2011年4月28日 ]