本質を捉える料理作りに、欠かせない「人」

上村和世さんが、大阪・南船場に「ジョヴァノット」を開いたのは4年前。毎日、とっておきの食材をワゴンにのせ、まず、お客様にお披露目をする。そして客好みの料理に仕立てるその姿勢は、上村さんならではのスタイルといっても過言ではない。常に笑顔満開の上村さんを目の前に料理をいただけば、まるで上村家に訪れたかのような心地よさに包み込まれる。
「多くの先輩からいろんな刺激を受け、今の僕があるんです」という上村さん。それは、修業時代の師匠、生産者、業者さんから建築デザイナー、お客様やマダムに至るまで、ほんとうにいろんな人たちの存在。
強いて挙げてもらうと、上村さんの師「ピアノピアーノ」村上卓央さんの名が出る。「村上さんの“感覚を掴みなさい”という言葉はずっと心に残っています」。直々にこういう味、と指示を受けるのではなく、自分の五感を信じてそれを駆使すること。いわば、感覚の掴み方・捉え方だ。そして、波があってはいけない。常に80%にレベルを保ち、その標準を徐々に上げていくという姿勢を学んだ。「感覚的なことなので表現しにくいのですが、村上さんのそのようなエッセンスを掴んで、自分の料理を作ろうと思ったら、すごくラクになったのです」。
その後、上村さんはイタリアへ渡ることになる。ミラノの名店、「アイモ・エ・ナディア」では外国人で初めて、働くことを許されたのが上村さんだった。アイモさんとナディアさん、ご夫婦で営むこの店は、超高価なものや気を衒った食材ではなく、選び抜いた食材を扱う。調理には洗練されたテクニックを用いるのに、どこかぬくもりや懐かしさがある、そんな料理を提供していた。
「例えば仕込みの場合、山盛りのレンズ豆を、ひと粒ひと粒ハンドピックで選別するんです。“たかがレンズ豆かもしれないが、もし、豆のなかに石ころが混ざっていたとしたら…。そこまで私たちは責任を負わないといけないのよ”とナディアさんは話していました」。決して安くはないレストラン。だからこそ、見えはしないが細部に至るまで、お客さんへの気遣いが必要という考えなのだ。「当時、アイモ・エ・ナディアは二ツ星でしたが、星付きレストランの原点を常に感じていましたね。そしてナディアさんは毎日、お客さんに食材を披露した後に、料理に臨んでいたのです。“いい食材はね、お客さんに見てもらうと、ちゃんと納得してもらえるでしょう”と、採れたての野菜からトリュフや仔牛に至るまで、懇切丁寧に説明をするんです。ミラノでNo.1のレストランが、そこまでやるか!てくらいに」。上村さんが、ワゴンを使うスタイルも、ナディアさんの影響があってこそ。「生産者の気持ちや、その風景をお客様に届けたいですから」と話す。
だから、上村さんは、業者や生産者の方々にも刺激をたっぷりもらっているという。「木津市場の魚屋・寺川さんも、影響を受けている人のおひとりです」。寺川さんの店では、一本釣りの関アジ・サバや、泳ぎのイサキ、肥えた甘手ガレイなど、極みの鮮魚を漁師から直仕入れする。上村さんは、自店オープン後2ヶ月間は毎朝、同じ帽子を被り、ジャンパーを身にまとい、寺川さんのお店へ通った。「何としてでもいい魚を仕入れさせてもらいたい。だから、とにかく顔を覚えてもらうことに必死でした(笑)。そして、何でもいいからコミュニケーション、でしたね」。値段は後からでいい、とにかく一番おいしい魚が欲しい。そんな信念が通じたのだろう。質の高い魚はもちろん、例えば20キロあるヒラマサなら、一番いい背の部位を入れさせてもらえるように。「お前は和食か?と言われることもありましたね。とことん食材フェチなもので(笑)。それが、魚屋さん、卵屋さん、鶏屋さん…と、いろんなお店さんに伝播したのか、今では市場のいろんな方々といい関係を築かせていただくようになったんです」と上村さんは微笑む。
「選び抜いた食材のおいしさをストレートに伝えたい」。それは、組み合わせる料理とは真逆の、削ぎおとしたなかに、素材の本質がみえるイタリアン。どの皿からも素材の底力が思いっきり飛躍する、上村さんの料理は、人と人との深い繋がりがあってこそ生み出されるものなのだ。
[2011年5月25日取材]

木津市場・寺川さんより仕入れた甘手ガレイの肝は、野菜のブイヨンでさっと湯通しをしてバルサミコと合わせて。皮は素揚げにし、エンガワは伊の魚醤とレモンでマリネ。そして身は3日寝かせて薄切りに。トップに、和歌山産フルーツトマトと乾燥トマトのピュレが添えられる。「甘手ガレイをシンプルに、余すところなく味わって頂きたい」と上村シェフ。部位ごとの特性をとらえ再構築した、カルパッチョというイメージを覆す一皿だ。
住所 | 大阪市中央区博労町4-2-7 |
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TEL. | 06-6243-5558 |

[ 掲載日:2011年6月1日 ]