お客さんの無意識なところへ意識的に働きかける「アルリコルド」加藤 修氏

今年、開店12年目を迎える大阪・堂島の「タンポポ」。お好み焼きと鉄板焼きを軸に、イタリアワインとの相性も追求する店だ。 店主の神谷圭介さんは商社勤めの後、飲食の世界へと入った経歴をもつ。「以前、この場所にお好み焼き屋がありました。会社を辞めてアルバイトとして入った半年後に、事情があって僕がその店を買い取ることに。修業経験もなかったから手探りの日々でしたよ」と、当時を振り返る。そんな折、知人の紹介で出会ったワインバーの店主が「僕がもっとも刺激を受けた人です」と神谷さんは話す。
彼の名は、大阪・兎我野町にある名ワインバー「アルリコルド」の店主・加藤 修さん。イタリアワインに特化したバーとして開店し13年。クラシカルなピエモンテワインやトスカーナワインとバーの枠を越えた料理、そして柔らかいレコードの音とが静かに溶け合う店だ。
「加藤さんからは、空間作りや音楽、料理やワイン。そして接客にいたるまで、店づくりの全てにおいて影響を受けましたね」と神谷さん。12年前、客として「アルリコルド」へ出向くようになり、週2回のペースで通うことになる。「アルリコルドは加藤さん自身の想いがすごく強い店。例えば、レコードが流れていたとするでしょう。そこにお客さんが、次の曲をリクエストをしても、“曲と曲とを繋げるクッションとなる曲が必要なんだ”って、リクエスト曲をすぐにかけてくれない(笑)。とにかく、こだわりすぎといってよい程、何事にもこだわるのが加藤さんなんです」。 店という空間は、お客さんに“非日常”を与えてあげるべき場所。家では食べられない料理の提供が大前提だと神谷さんは言うが、「無意識な部分に意識的に働きかけることの大切さを、加藤さんから教わりましたね。僕は修業経験がないから、加藤さんの感覚やセンスをスッと取り入れられたのかもしれません」。
たとえばワイングラス。「当たり前のことですが、ワインを提供する時はいいグラスを使うべきだし、飲む種類によってグラスを替える。音楽の場合、夏なら清涼感のあるラテン音楽をかけるなど、季節に応じた選曲を。だって音楽のトーンによって飲みたいワインも変わりますからね。ラテン系の音楽なら、軽やかでフレッシュな南イタリアのワインといった具合に」。照明ひとつをとってもそう。「お客さんの層によって、さりげなくライトの明るさを調整します。要するに、お客さんが気づかない部分への店側の気遣いが必要だと思うんです」。
加藤さんから感じ取ったそのスタンスは、料理にも表れている。「料理はほんとうに独学です」と笑うが、日々の食べ歩きのなかで参考になるなと思ったら、柔軟に取り入れる。その繰り返しが、神谷さんならではの料理となる。焼きそばなら、「ワインに妙に合うなぁって、感じていただけたら」と、麺は細めのリングイネを使用する。「でも、パスタ料理もどきにはなりたくない。僕が作るよりイタリアンのシェフに作ってもらったほうがずっと美味しいですから。ギリギリB級から抜けない程度の焼きそばを目指しています」。夏なら、和食の「鰻きゅう」からヒントを得た「鰻とキュウリの焼きそば」を。秋なら、秋刀魚と秋ナスやミョウガを用いた焼きそばを供するなど、和洋自在の組み合せの妙が楽しい。そして咀嚼するほどにほのかに感じるパスタの風味が、妙にワインを欲するのだ。 お好み焼きに使うソースも然り。「ある焼鳥屋の主人が教えてくれたんです。タレは大量に使うからおろそかにしがち。だけど店で最も重要なものには、うんと上質な素材を使うべきだと」。神谷さんは、大阪の地ソース「金紋ソース」をベースに、そのまま飲めるほど上質なみりんや、赤ワインを加える。だけど、あえてそれは謳わない。「このお好み焼き、なんとなくワインに合うやんって、感じてもらえたらいいんです」。蘊蓄をあえて謳わない、そんなさりげなさが神谷さんらしい。
そんな柔らかなお人柄ゆえ、同業者との繋がりも深い神谷さん。「いろんな人との繋がりが構築されたのも、加藤さんのおかげです」。客としておじゃましていたアルリコルドで、料理人たちとも繋がりができ、そこから輪が広まった。今では、料理人の集まりやイベントへも意欲的に参加し、さらなる交流も。「加藤さんと出会わなければ、いろんな料理人さんたちとの繋がりがなかったでしょう」。神谷さんはそう、嬉しそうに話してくれた。
[2011年8月12日取材]

住所 | 大阪市北区堂島2-1-36 クニタビル B1 |
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TEL. | 06-6344-2888 |

[ 掲載日:2011年8月23日 ]