先輩シェフから学んだ 八島 淳次さん 寺島 豊さん

武闘派とも、アバンギャルドな料理を作るシェフとも称される「イ・ヴェンティチェッリ」オーナーシェフの浅井卓司さん。「刺激を受けた人は、多すぎますよ」と笑う。「でも、いち料理人として日々過ごすなかでこの2人の影響は大きかったし、今も刺激を受けています」と話す。
そのひとりが「リストランテ エノテカ イゾラベッラ」のオーナーシェフ・八島淳次さんだ。
「八島さんは、サバティーニ(東京・青山)時代のOBなんです。直接、仕事をご一緒したことはないのですが、イタリアに行こうとしていた93年頃、ある場所での彼との偶然の出会いが、その後の人生を変えてくれました」。浅井さんはローマへ渡ることになり、その後ヴェネツィア、ウンブリアなどイタリア各州の星付きレストランで経験を積んだ。「自分はローマ料理が一番だと思っています。そう思うようになったのも、八島さんのおかげです。というのもイタリアへ渡る前、八島さんに"名の通った店ではなく、郷土料理をしっかりやっている店に行け"と言われたことにあるんです。経験を積んだいろんな地域で地方料理を学ぶ中、そのエリア性が突出していたと感じたのがローマだった」と浅井さん。「カルボナーラひとつをとっても、作る人の数だけレシピがあって、シンプルなのに奥深い。ローマ中のお店で提供しているカルボナーラは、たぶん全部食べましたよ」。八島さんの人柄に惚れた、という浅井さんだからこそ、八島さんのアドバイスに従い個性ある味を求めた。「結局、地方料理にはその土地に生きる人の"人間性"が含まれているから興味深いんです」。浅井さんは、八島さんについてこうも話してくれた 。「見た目はイカつくて近寄り難いけど、自分にはめちゃくちゃ厳しく、人に対してあんなに優しい人間はそうはいません」。「人間性」に惚れ、そこから自分を見つめなおし、さらに次のステップへと走り続ける。先輩料理人しかり、若い料理人からは兄貴分として慕われるのも納得だ。
「リストランテ カラバジオ」の初代シェフ・寺島 豊さんの存在も、とにかく大きいと、浅井さん。寺島さんは、かの偉大なミラノの料理人、グアルティエロ・マルケージの傑作である「冷製カッペリーニ キャビア添え」を日本に知らしめた人であり、当時、アバンギャルドな料理を作ると評されていた料理人でもある。ジャンルの異なる食材も駆使する、浅井シェフに通ずるニュアンスも感じるが、「寺島さんは、まずブレない。そして天才ではなく鬼才ですよ」。浅井さんが寺島さんの元で働いていた頃は「とにかく丸投げ(笑)。まず料理を作らすんですよね。でも責任をとるのは俺だ、という懐の深さがあった。ときには組んだメニュ−が出せなかったり、お客さんを少し待たせることがあったとしても、それを修正する冷静な判断ができる人間。全体を把握し、いかにしてコントロールをするか、その術を教わりました」。
浅井さんは、人との出会いを自分なりに吸収し、そのインスピレーションを料理に反映する。たとえば、神戸の中華料理人とも交流が深く、そこから中国料理の「調味料」や「技法」などを学び取り、自身の料理へと昇華させている。
「発酵物に漬け込み、熟成させて旨みを増す」という技法を、イタリア料理に昇華させたのが、"シャロレーの仔牛、自家製米麹のマリネ・ロースト 古代米のリゾット 干しぶどうと梅のママレードを添えて" 。「中国料理人・銭さん(同源 銭明健シェフ)から、中国料理における熟成や保存について教えてもらったんです。旨みをいかにのせるか?という概念ですね。」そこで、自家発酵させた米麹に少量のガルム(魚醤)を加え、仔牛のモモ肉を4日間漬けた。その仔牛はゆっくり時間をかけてロースト。いっぽうで、黒米リゾットには干し海老の旨みを用い、「米には梅干しでしょう(笑)」と、梅干しの酸味を生かしたママレードを添えた。仔牛はまるで上質なハムのような、肉厚だがしっとりとした食感となり、咀嚼するほどに肉に浸透した米麹特有の風味がふわりと漂う。ママレードが醸し出す、深みのある甘酸っぱさの余韻が心地よい。「今の料理は、いかに旨みをUPさせるかが課題のひとつ。イタリアの文化にないものでも、いいと思えば取り入れます。イタリア料理が出つくしているからこそ、発想をどのように繋げていくかが大事だと思うんです」。アバンギャルドという一言では語りきれない、料理とともに人間としても熟成を重ねてゆく浅井さんならではの考えを、そう語ってくれた。
[2011年9月16日取材]


住所 | 西宮市樋之池町24-16 アドール苦楽園 1F |
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TEL. | 0798-74-0244 |

[ 掲載日:2011年9月30日 ]