先人に学ぶ、食べることの楽しさ

フランス出身の料理人、ステファン・パンテルさんは、来日して今年で11年目を迎える。2006年12月、京都・祇園に構えた「kezako」は、フレンチと日本の食材を融合させた料理で評判を高め、注目される人気店になった。
店の1階は、割烹を思わせるカウンタースタイル。ランチとディナー、いずれもコース主体で、一皿ごとシェフ自らが日本語でていねいに説明を加え、供してくれる。そのパンテルさんの洗練された職人技を目にし、使われている食材や調理法をめぐって会話を弾ませるなど、楽しく食事できるのも人気の理由だ。
パンテルさんは、食は楽しいものでなければならないという。自身でも、食べることを大切に考え、なおかつ、食べるときは楽しく過ごせるよう努力する。そういう意識をもち、自然に行動できるのは、数多くの先人たちのおかげ、と話す。
パンテルさんにとって、食は、幼いころから特別なものだった。実家は南仏のプロヴァンス地方。父はレストランのオーナーシェフ。「クリスマスなどの祝日は、父が家でも料理しました。それを家族そろって時間をかけ、いただくのです」
休日になれば、近くに住む祖父母の家へ遊びに行く。地下室の棚には、青クルミやオレンジで作った酒、キノコの酢漬け、果物のコンフィチュールなどの手作り品が並んでいる家だ。山でキノコを穫り、畑で作物を収穫して、そうした食品作りを手伝う。「バケーションの記憶に残っているのは、食べることばかりです」
手伝いながら、遊びながら、食材となる生物に触れ、食品になる過程を覚えていく。「まわりの大人からは、食べものはいかに大事か、おいしく食べればいかに楽しいかを教えられました」と、幸せそうに話してくれた。
10歳のころには、父に連れられて行ったミシェル・ブラス氏のレストランで、プロの力を実感した。「アミューズが、ビーツのムース。あの時代(80年代初め)、ビーツは学校給食などでよく使われる日常的な野菜に過ぎませんでした。それが、プロの手にかかると、こんなにおいしい料理に変わる。衝撃でした」。
そして、明確に料理人を目指す。父の店で手伝いから始め、徐々に仕事を覚えていった。10代の後半には家を出て、プロの料理人としての修業を重ねていく。
ニースのネグレスコホテルでドミニク・ルスタンク氏に師事しているとき。スタッフであるパンテルさんが考えた料理のシェフ・チェックでのこと。「私の説明を聞きながら、ルスタンクさんは、これは不要、これもいらないと、構成した食材などを取り除いていくのです」。足し算ばかりではなく、引き算も必要なのが理解できたのだという。「今、振り返っても、貴重な体験でした」
パンテルさんは修業先で出会った日本の女性と結婚。そういう縁もあって、来日している。「当初は、日本を理解しようと、数年の滞在のつもりでした」それが、今も日本住まい。大阪や京都の関西に住んでいたのがよかったのかもしれない。
「ひとつの野菜でも、実に多くの品種があります。京都に来て、その種類の多様さ、食材の豊富さに気付きました。そして、日本料理にも興味をもって、技法や食材の使い方などの勉強を始めました」
とくに「草喰なかひがし」の中東久雄さんを介して生産者と出会う機会も多くなっていった。「それまで、自分のフレンチは、フランスの食材ばかりでしたが、それが変っていきました。今では、まわりで穫れる野菜を使うのが楽しいです。季節に合わせ、畑をイメージして盛り付けするんです」。
日本の食材への探求は、野菜に留まらない。魚介類、肉、そして加工食品にまで及ぶ。ゆず、奈良漬け、味噌、納豆などもフレンチの材料になる。パンテルさんがそうした食材を理解したうえで、発想し、創意されて、ひとつの料理が生まれているのがわかる。
「kezako」には、パンテルさんが、フランスと京都、それぞれの環境のなかで刺激を受け、身につけてきたものが、皿の中、店の空間へと、さまざまな形になって現れているのだった。
[2012年1月17日取材]


住所 | 京都市東山区祇園町南側570番地261 |
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TEL. | 075-533-6801 |
営業時間 | 12時~15時(L.O.13時30分) 18時~22時30分(L.O.19時30分) |
店内 | 1階カウンター席・2階は個室のテーブル席 |
定休日 | 水曜日 |

[ 掲載日:2012年1月25日 ]