刺激を糧に、自己研鑽

京料理を進化させる気鋭の料理人として知られる髙橋拓児さん。「木乃婦」には、髙橋さんの創意あふれる料理を楽しむべく、全国から客人が訪れる。その期待に応え続けられる力の源泉はなんだろうと思いながら、うかがうと…。
やはり、まずは料理である。「ちょうど、こんなのを作ったところです」と、髙橋さん。皿に盛られていたのは、サツマイモの素揚げ。見た目はシンプルだが、サツマイモの甘味(糖度)を高めるために、以下のような手間が加えられていた。
要点は2つ。サツマイモを時間をかけて蒸すこと。そして、“麹”に漬けること。すると、実は柔らかくなり、うま味や甘味が増し、素揚げしたのを口にしたとき、予想をはるかに超えた軽い食感と絶妙なおいしさが味わえるという。
髙橋さんは「近頃、塩麹が話題になっています。けれど、使うにしても、プロならハードルを高くして、どんな料理が可能かを考えたいと思うのです」と話す。
麹は、コウジカビなどの微生物が繁殖してできる。とくにコウジカビは、アミラーゼという酵素を分泌する。これが、サツマイモのデンプンをブドウ糖(グルコース)や麦芽糖(マルトース)に分解し、甘いと感じられる糖化を促進させる。
塩には、微生物の繁殖を止め、酵素の働きを抑制する性質がある。そこで、今回は麹だけを使い、糖化機能が発揮される食材と調理を組み合わせたのだ。加熱後に漬けることで、細胞膜が壊れ酵素の働きが得られやすくなる効果がある。
サツマイモは加熱することで甘味を増す。しかし、火の入れ方によって差がでるという。「もともとある糖化酵素は、55℃から65℃の間でよく機能するとされています。その温度帯を保ちながら、長く加熱するのが最も効果的なんです」
髙橋さんは、ガススチームコンベクションオーブンで蒸す方法を選ぶ。温度は55℃に設定し、5〜8時間かけて加熱する。「蒸した後、冷蔵庫で冷やしておくと、コウジカビが働きやすくなり甘味は増すようです」という、ここまでは、なんと、下処理である。
こうして、加熱、加熱後と、いくつもの段階において、サツマイモのうま味や甘味を確実に高めていく。しかも、それらは理屈にかなっているのだ。
数日前におこなわれた関西食文化研究会のイベントは、漬けることがテーマだった。科学的に解明する講義や実際に料理のデモンストレーションもあり、髙橋さんの料理と話を見聞すると、そのイベントがまだ続いているように思えてくる。
「食に関する科学的な情報、適正な加熱温度などのデータは、誰もが共有できます。だからこそ、料理人には、それらをどう活用するかが問われているのです」
髙橋さんは、04年に京都で設立された「日本料理アカデミー」への参加が、契機になったと話す。「海外へ出かけたり、外国人シェフを招いたり、交流する機会が増え、日本料理をグローバルな視点から見られるようになりました」
「グローバルな視点というのは、日本料理を多角的かつ客観的に見つめ直すことでもあるのです」。客観的な見方のひとつが、科学的アプローチだろう。科学に基づいた理屈が理解できれば、それを料理に応用させることもできる。また、多角的とは、ジャンルにとらわれず、トライするという意味にも解釈できる。
もちろん、基本は日本料理。髙橋さんは「東京吉兆」の湯木貞一氏のもとで修業。「瓢亭」の高橋英一氏、「菊乃井」の村田吉弘氏と、当代一流の料理人にも教えを受けている。それに、自身の努力が上積みされる。華道、茶道、能を習い、シニアソムリエ、きき酒師の資格も取得。文献は、事務所の壁に蔵書が並ぶほど膨大にある。
まさに刺激だらけではないですか、と問えば、髙橋さんからこんな答えが返ってきた。「これからは、受け身ではなく、経験や刺激を糧にして、自分の能力を少しでも高めていけるように時間を費やしたいと思っています」。
自己研鑽が、髙橋さんの料理人としての熟成を促進させるキータームのようだ。
[2012年6月26日取材]


住所 | 京都市下京区新町通仏光寺下ル岩戸山町416 |
---|---|
TEL. | 075-352-0001 |
営業時間 | 11:30~14:30、17:00~21:30 |
定休日 | 不定休 |
公式サイト | http://www.kinobu.co.jp |

[ 掲載日:2012年7月11日 ]