男の生き様はノンフィクション

1954年生まれの道野さんは、今年58歳。会社員や公務員ならば、退職後をリアルに考える年齢なのだが、料理人は本人しだいで生涯現役を通すことも可能だ。もちろん、道野さんはそのつもりでいる。3年前に、店を福島に移転させたばかり。
「けれど、体力があればこそ出る元気。現実に体が衰えてくると、この仕事いつまでできるのだろうと考えてしまう。料理は、格闘技に似たところがあり、闘う姿勢が必要なのに、この頃は、自らを奮い立たせなくてはいけなくなって…」
そう話す道野さんは、今や、フレンチの料理人ではベテランのひとり。もはや“俊英"“気鋭"ではなく、“重鎮"といわれる立場になっているのだった。
「正直にいえば少し前まで、若い世代の背中が遠くに見えていた。新しい技術や感性には適わないと。でも、技の知識は共有できるし、感性は個性で、優劣とは別のもの。新しいことばかりではネタが切れる。そう気づくと、前方にいる人が周回遅れに見え、俺はこのまま走っていていいんだと思えるようになったのです」
道野さんは、すでに定評を得て、後輩からはリスペクトされる。それでもなお、新しいことに挑戦する姿が評判をよぶ。しかし、当人はそうした一切を「振り返る場合ではない」という。なぜなら、まずは自分と闘わねばならないのだから。
では、自分に挑むよう奮い立たせてくれるものは何かと問えば、道野さんから「それは男の生き様」と返ってきた。「料理を仕事にしたのだから、家族を養うのは当然のこと。そのまま朽ち果てるのでは、おもしろくない。それで道野はどうだったのよ、と、やっぱ最後には、俺の生き方を示しておきたいと思うのです」
例えば、こんな男の生き様に刺激を受けますねといって見せてくれたのは一冊の本。読書家で知られる道野さんらしく、最近読んだなかでも突出していたというノンフィクションで、書名は『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』。
木村政彦は、戦後の日本で史上最強といわれた柔道家。何故かプロレスに転じ、昭和29年に当時人気絶頂の力道山と試合をおこなう。その結果や、後に木村政彦が歩んだ道など、彼の数奇な人生に迫った内容。本文2段組で700頁ある大著だ。
「強いとは、世間で伸し上がっていくとは、どういうことかが読める。ステレオタイプではくくれない、木村政彦の生き方。これぞ男、なんです」と道野さん。
まさに、男の生き様はノンフィクション。「自分の身に置き換えて読んでましたね。あと何年、料理できるかわかりませんが、俺が最強という伝説、作りたいな」
それと、もう一冊。“生き様"で通用する言葉の元になる“死に様"に関する本を挙げる。新書『日本人の死に時』。著者は、大阪出身の医師で作家の久坂部羊。
道野さんは「目の前に迫っている、引き際も考えておかなくては。自分の生き方は、自分で完結させねばならないし」と話す。生き様と引き際、両方を思いながら考えながら、というバランスも、道野さんらしい感覚だと感じられるのだった。
余談だが、文章を書けるのも読書家ならでは。道野さんは、料理人としての思いを、日頃の行動とともに文章にしたため、ブログに掲載している。なんと、始まりは2001年。今のところ、すべて残っているので、関心のある方は一読を。
[2012年10月4日取材]
参照
『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(著者/増田俊也・発行/新潮社)
『日本人の死に時~そんなに長生きしたいですか』(著者/久坂部羊・幻冬舎新書)
『なかのとおるの生命科学者の伝記を読む』(著者/仲野徹・発行/秀潤社)
道野さんのブログ「シェフからのメッセージ」



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TEL. | 06-6451-6566 |
営業時間 | ランチ/12:00~13:30(L.O.)15:00(close) ディナー/18:00~21:00(L.O.)23:00(close) |
定休日 | 月曜日(祝日の場合は翌日) |
公式サイト | http://www.michino.com/ |

[ 掲載日:2012年10月12日 ]