身体と精神の自己鍛錬

松崎 太さん
ドイツパン「ベッカライ ビオブロート」オーナー(製パンマイスター)

松崎太さんは、ドイツに渡り製パン技術を学び、マイスターの資格も取得して帰国。2005年3月、芦屋で「ベッカライ ビオブロート」を開業した。

店名のドイツ語は次のような意味という。ベッカライはパン屋。ビオブロートのビオは、有機栽培など自然を大切にすることを表す概念、ブロートはパンである。こういうドイツパンを作りますと、ストレートに表明しているのだ。

ビオブロートは、オーガニック小麦を石臼で挽いて全粒粉にし、イーストフードは使わず発酵させるなど独自性を発揮。やさしくおいしいと、その価値が認められるにつれ、松崎さんのベッカライはほぼ毎日完売の人気店となっていった。

今年で開業8周年。評判の店には出店の依頼も多いと聞くが、松崎さんは断り続けているそうだ。「特製の石窯を設けるなど、店の製パン態勢は向上させています。けれど、自分で責任をもって焼ける数量には自ずと限りがありますからね」

開業以来、変わらぬこともある。発酵には時間をかけたり、機械まかせではなく手でパン生地を成形したり、手仕事を大事にする。「効率は良くないですが、手仕事は、人の力に頼るオーガニックの精神と通じているのです」

同様に、働き方も変わらない。早朝から焼き上がったパンを順に店頭に並べ、その日にできたものが売り切れたら店を閉める。それに、週に必ず2日は休みをとる。

こうした自分を律する信念は、どのようにしてもたらされたのか。松崎さんは、19歳の頃、自我に目覚め、身体と精神が密接に関係しているのを意識するようになった経緯を話してくれた。「自分があまりに無自覚だったと気づいてからは、不安を打ち消すために手当たりしだい本を読み、何かをつかもうと必死でした」

自我の探求は、身体と精神の関係に行き着く。「心の中で自分を奮い立たせても、身体が動かなければ甲斐がない。それで、心の動きが身体の動きと結びつくように、思考も運動も訓練していったのです」整体、ヨガ、禅などにも取り組んだという。

例えば、読み込んだ本の著者のひとり、野口晴哉(のぐち はるちか)は、自己改善療法を身体や精神の動きにまで展開させ、整体という概念で理論や方法論を体系づけようとした。松崎さんは、その言葉を読み、自身の身体で実践させたのだ。

パン職人の道を選んだのも、「身体を動かす仕事がしたいから」というのが理由。「例えば、パン生地をこねる、まるめる動き。地に足を着け、腰や肩胛骨で力を調整し、指先まで意識して身体を使いますよね。手仕事と身体論が結びつくんです」

こうなれば、訓練というより、鍛える、磨く、質を良くするなどの意味をもつ鍛錬のほうが相応しい。製パン職人になる修業は、精神と身体の鍛錬でもあったのだ。

「自分が理想とするパンを作るには、まだまだ学ぶべきことが多いです」松崎さんにとって、自己鍛錬は自身への刺激として一生続くのだろう。しかも、鍛錬を重ねるほど、拠って立つ位置は盤石になり、信念は一層強固になっていくようだ。

[2013年4月4日取材]

参照:松崎さんの愛読書から

『森の生活』岩波文庫(著者/H.D.ソーロー)

『人間の探求』全生社(著者/野口晴哉)

『体癖』全生社(著者/野口晴哉)

『肚〜人間の重心』麗澤大学出版会(著者/カールフリート・デュルクハイム)

自宅に設けられた書斎。書棚が壁2面、床から天井まで造り付け。学生時代から読み込んできた愛読書が並ぶ。
ドイツでの修業時代に支えてくれた書『森の生活』など(リストは上記)。
松崎さんには古書も大切な資料となる。最近手に入れたドイツの製パン技術書は、1907年の発行という。
鍛え上げられた松崎さんの手。
「ベッカライ ビオブロート」
住所 芦屋市宮塚町14-14-101
TEL. 0797-23-8923
営業時間 9:00~18:30(売り切れ次第終了)
定休日 火曜日、水曜日

[ 掲載日:2013年4月26日 ]