おいしさを研究するため京都大学修士課程に入学

中村 元計さん
京料理「一子相伝 なかむら」六代目主人

関西食文化研究会の会員(料理人をはじめ、食に関する仕事に従事する人々)で、本会主催イベントに参加した人なら、経験しているはず。それは、料理に関して当たり前に思ってきた事柄を“科学的に解明”されると、目からウロコが落ちるという、ショックとか、気づきとか、言いようのない刺激を受けること。

京料理「なかむら」の主人、中村元計さんも、料理のサイエンスに刺激を受けるひとり。但し、中村さんは三つ星の料理人であると頭に入れ、話を聞いてほしい。

「修業し、失敗も成功もいろいろ体験し、つまり、料理人として一人前になっていく順序を踏まえた上でこそ、科学的な知識が生かされるのではないでしょうか」

「例えば、作ったことのないレシピに新しい情報を上書きしても、実感がともなわなければ役に立たないはず」と中村さんは話す。知るのは大事だけど、土台になるべき料理があやふやでは、なんのサイエンスかと言いたいのだろうと察する。

中村さんは、大学卒業後、天龍寺で修行して、1986年に24歳で実家の「なかむら」に入り、料理の修業を始めた。「学生のころは親に反発もしていました。卒業し、いざ就職となって、考えてみれば、選択肢は家業の店を継ぐことしか残っていなかったのです」

当時の当主は父の文治さん。父から子へ、まさに屋号にある“一子相伝”の修業を経て、中村さんは文化文政1800年代から続く「なかむら」の六代目になった。

「もともと“なかむらの料理”はシンプルなんです。素材のおいしさを最大まで引き出すために、仕事は必要なことしかしません。例えば、ハモは生醤油をかけて焼くだけで、タレは使いません。おいしく焼けるように焼き方を追求するのです」

しかし、店を任せられるようになると、「何かが足りないような気がして、そのことばかり考え詰めていました」今から思えば、そうしたちょっとした閉塞感を打ち破るきっかけは、いろいろとあったようだ。「料理人同士の会に出て、同じ料理人を前に話をすることで、自分を客観的に見られるようになっていました」

転機は、2004年発足の「日本料理アカデミー」への参加。「海外のシェフたちとの交流によって、日本料理の良さに気づかされたり、グローバルな視点で自分たちの位置を確認できるようになりました」と中村さん。交流は、料理人ばかりではなく、食に関して学術的に調べ研究する科学者との関係へと広がっていった。

「これまで身につけてきたことを見直すという意味で、科学的なアプローチは、前に進む大きなきっかけになったと思います」抽象的な例になるが、何でこうなるのか仕組みを知れば、それを応用して新たな料理を考え出すこともできるのだ。

「日本料理アカデミー」の活動を端緒に、料理人と科学者との交流というか共同追求は、今も継続されている。「私の基本は、あくまで、おいしいものを作りたいから。科学的な知識は、料理を考えるときの引き出しのひとつ。知っているほうが料理の幅が広くなりますからね」と、中村さんの姿勢は明快だ。

その延長で、2013年春、中村さんは京都大学の修士課程に入学している。「いろんな人に背中を押されて、更においしさを求めるために、入ることにしました」

京大では、料理のサイエンスの第一人者、伏木亨教授の指導のもと、テーマを掲げ、2年をかけて研究し、成果を修士論文にまとめる予定とか。料理人自らが科学分野へ踏み込んでのアクションに、京料理の新たな進化が予感される。

最後に、中村さんの言葉「料理人として一人前になっていく順序を踏まえた上でこそ、科学的な知識が生かされるのではないでしょうか」を、若い料理人に捧ぐ。
知識に振り回されないよう、肝に銘じて、精進してください。

[2013年7月2日取材]

代々続く「なかむら」の厨房に立つ中村さん。厨房は、タイルが見えたり、年季がはいってる。
6月16日(日)に開催された関西食文化研究会での中村さんの料理実演の様子。
テーマの「酸味」にあわせた料理のデモンストレーションが行われた。中村さんの料理は「豆乳を酸で固めて」。
イベントの様子はこちら
京料理「一子相伝 なかむら」
住所 京都市中京区富小路御池下ル
TEL. 075-221-5511
営業時間 昼/12:00~14:00、夜/17:00~19:30(入店)
定休日 日曜日(6名様以上のご予約により、お受けさせていただきます)
公式サイト http://www.kyoryori-nakamura.com

[ 掲載日:2013年7月16日 ]