料理の世界観を広げてくれたふたりの料理人

大澤広晃さんが、四川、広東、上海ほかジャンルに縛られない中国料理店を開いたのは05年のこと。「オープン当初、一人もお客さんが来ない日も多くありました。そんな時、和田信平さん(シェ・ワダ)がひとりで来られたのです。すごく緊張したことを今でも鮮明に覚えています。そして、僕が刺激を受けた料理人のひとりです」。と大澤さん。“麺物を食べたい”という和田さんの要望に応えるべく、「ネギ汁そば」を供したという。「丸鶏から丁寧にとったスープと中華麺とネギ。シンプルだけれども記憶のなかに残るような味を」という考えの大澤さんに対し、「和田さんは、“おいしいね。でも、ぜんぜん面白くないよね”と仰ったのです。正直、最初はピンと来ませんでしたが、丸鶏のスープをベースに自家製の海老油で香り付けをしたり、金華ハムを用いてコクを深めるなど、工夫を重ねました」。後日、来店した和田さん。試行錯誤の末に完成した汁そばを食し、「いいんじゃない」とひと言。「あのときの喜びは、何物にも代え難いです。そして和田さんは、ご本人がナビゲーターとして登場する雑誌の麺企画に、当店を取り上げてくださったのです」。メディアに初登場したことがきっかけで、客が客を呼ぶように。「僕が勝手に、和田さんから学んだことなのですが(笑)、『面白くない料理になったらダメ』なのです。レストランという場所は、普段の食事とは別世界でないといけません。ですから、遊園地のような面白さも必要だと感じるように」。その一例が「空心流 青椒肉絲」だ。「ウチらしい青椒肉絲は何なんだろう?」と考え抜いた結果、野菜と肉を別々で調理することに。まず、マコモダケやピーマンなどの野菜を炒めて皿へ。その上に、塊でローストして厚切りにした、上州和牛・イチボ肉をゴロリとのせた。艶やかなロゼ色のイチボ肉と、シャキシャキと小気味よい食感の野菜を、好きに混ぜて食べてもらうという演出だ。
「青椒肉絲や回鍋肉といった中国料理の定番にウチの店らしさを」。そのスタンスで営業を続けるうちに、「お客さんから、『大澤さんの料理は創作中華だね』って言われることが多くなりました。『創作』って、決まり事もなくふわっと宙に浮いたような、あまりよくないイメージがあったのですが、その固定観念を崩してくださった方が、『カハラ』の森義文さんです」。ある日、森さんが来店。「“お腹いっぱいになったよ”、という嬉しいお言葉とともに、お名刺を頂きました」。そして後日、大澤さんは『カハラ』へ食事に伺うことに。大澤さん曰く、「創作料理の本当の意味を知ることができたのです。それは、森さんが一から作り上げた、創造されたものであること。独創性のある料理の力強さというものを、身をもって学ぶことができ、僕がやろうとすることに自信が持てました」。例えば、『空心』の名物メニュ—のひとつ「タラバ蟹のかに玉」の場合、卵黄と卵白を別々に調理する。濃厚な卵黄ソースを、鶏スープと干しシイタケの戻し汁で煮込んだタラバガニに絡ませ、表面を炙ったメレンゲ状の卵白をふわりと盛るのだ。
見た目も味わいも想像を超える、オリジナリティに富んだ大澤さんならではの中国料理。その裏側には、先輩料理人との出会いのなかに、大澤さんならではの「気付き」が存在していた。
[2013年8月21日取材]

住所 | 大阪市西区新町1-21-2 |
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TEL. | 06-6532-7729 |
営業時間 | 11:30〜14:00LO(火〜金曜) 18:00〜21:30LO |
定休日 | 月曜、土・日曜の昼、月1回日曜不定休 |

[ 掲載日:2013年8月30日 ]