原点は大阪万博での体験 今も、中国探訪は続く

1970年。5歳になる国安少年は、父に連れられ大阪万博の会場へ出かけた。そこで見聞きした物事、何もかもが刺激的だったけれど、一等強く心に残ったのは、昼に食べた中国料理であったという。「初めて味わう中国料理。世界には、こんなに珍しくておいしい料理があるのだと、衝撃を受けたのをよく覚えています」
少年が味に敏感なのも当然。実家は、大阪で江戸時代から続く日本料理店、父は料理人にして店主である。その長男の国安少年には、早くに食の英才教育がおこなわれていたようなのだ。「食材や調理器具は身近にあるのですから、教えられていつの間にか自分で食べるものを作れるようになっていました」というほど。
「母も後年よく言っていました。あんたには、旬ごとの味わうべき味覚を添加物なしで教えたんよ、なんて」とはいえ、当時の家庭料理といえば、現代の和食ほどバラエティに富んではいない。「魚の煮付けとか野菜の炊き合わせばかりでは、さすがに辟易しますよ。そこへ中国料理ですから、ほんと、新鮮でしたね」
さすが、と思わされるのは、それ以降に続く話。まだ少年の国安さん(小学生です)は、自分で料理の再現を試みるのだった。何しろ、既にカレーを香辛料から作るくらいの凝りようなのである。「市場へ仕入れに行く父に同行し、必要な食材とか調味料を買ってもらい、鶏の香味煮などを作っていました」というのだ。
手ほどきしてくれる人はなし。主たる情報源は、NHKテレビ「きょうの料理」のテキストだった。「その頃、中華料理を担当していたのは、日本における四川料理の父といわれる陳健民さんでした。教科書と思い、一所懸命、読みましたよ」
こうして、国安さんは自ずと料理人の道へと進んでいく。ただし、ご両親が望んでいたであろう日本料理ではなく、中国料理である。それくらい、幼少時の刺激的な体験は大きな影響力をもつのだろうが、本人は「日本料理の場合、修業で身につけなければならないこと、目指すべき先は想像できます。対して、中国料理は未知であるからこそ、魅力を感じたのです」と、理由があってのことと話す。
辻調理師専門学校を卒業後は、母校に残り、22年にわたって中国料理の講師を務めている。満を持して独立、「唐菜房 大元」を構えたのは2010年。「学校にいれば、どこかの店で修業するよりも新しい情報に接しやすいだろうし、中国料理を偏らずに勉強できると思ったのです」というように、四川、北京、上海、湖南、成都、香港など系統を問わず「各流派の優れた技術の融合」を信条とする。
興味をもつことに熱中する性格は、少年の頃から変わらぬようで、中国料理の探求は今も続いており、対象は料理のみならず食文化へと広がる一方。学校で教えながら広東語をマスター、時間を融通しては中国本土へ足を運び続けている。
「最初は、香港。18歳で、ブルース・リーに憧れての旅みたいなものでした。それから、講師の頃で年4回、店をもつと年2回は必ず行くようにしています」計算すれば、100回は超えている。「北京に近い内陸部の山西省は、麺どころと言われていますが、行くたびに知らない麺料理を見つけるのです。製法も食べ方もじつに多彩。許されるならば、長期間滞在して詳しく探りたいほどです」と国安さん。
その他、各地には、客家と呼ばれる伝統的な料理に加え、定評のある実力店、流行の新店など見るべき店が必ずある。「店の造り、器、メニューの組み方、センスとか、現地でないとわからないことを直に確かめられるのがいいんです」目新しい料理があれば、現地の書店で料理本を見つけ出し、レシピを読めるのも強みだ。
そうして、自店では「上海や香港で日常的に親しまれている今の料理」を取り入れるようにした。ランチメニューのシュウメイファン(焼味飯)や海南チキンライス(海南鶏飯)などは、今や店の看板料理に育っている。「例えば、塩レモンを知ったのは、20年程前ですよ。麹、腐乳、酢などの調味料にしても、可能な限り中国で作られているのを手に入れて帰ってきます。本来のものを使えば、料理の風味もちがってきますから」と、成果は数多くあるようだ。
大阪万博での体験を原点に、探求の結果を上書きさせながら、国安さんの中国料理は進化を続ける。今年も、夏が終わる頃、中国へ行く予定という。また、どのような新しい料理がメニューに加えられるのか、楽しみだ。
[2014年8月23日取材]
国安さんが中国から持ち帰った調味料各種

オリーブの種を取り除いた実を塩漬けして発酵させたもの。トウチに似て、塩辛いが、うま味成分を多く含む。刻んで陳皮(チンピ)と混ぜ、蒸し魚料理や豚肉の炒め料理に使うと、味と香りを付ける効果がある。

中国では双子印の腐乳として知られている製品。豆腐に麹をつけて塩水中で発酵させて作る。料理の他、粥にもよく入れられる。

左の陳酢(チンツゥ)は、伝統的な黒酢。右の甜酢(ティェンツゥ)は、八角などのスパイスが入った甘酢。どちらも国安さんの料理には欠かせないという。
住所 | 大阪市北区西天満4丁目5-4 |
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TEL. | 06-6361-8882 |
営業時間 | 月~金:11:30~14:30(L.O. 14:00)/18:00~22:30(L.O. 22:00) 土曜日:18:00~22:30(L.O. 22:00) |
定休日 | 日曜日・祝日 |

[ 掲載日:2014年9月12日 ]