論理的思考と自主性を教えてくれた2人の料理人

宮本 一典さん
ピッツェリア&トラットリア「ラ・バルカッチャ」店主

「ラ・バルカッチャ」の店主・宮本一典さんは、会社員から料理人へと転身した人物だ。宮本さんは30歳まで、大阪・靭公園に本社がある化学ガスメーカーの人事部で、新卒採用を担当していた。「採用者を絞り込むときは、“ランチにでも行きますか”と、食事に誘うことが多かったです。その際、必ずといっていいほど、リストランテ『ラ・ムレーナ(閉店)』へ行きました」。週4回はランチで訪れ、週末の夜はプライベートで通い、「100回以上は『ラ・ムレーナ』で食事をしましたね」と宮本さんは微笑む。なぜなら、料理長だった故•小塚博之さんの料理に、素人ながら惚れ込んでいたからだ。

ほぼ毎日といっていいほど店へ通い続けるなかで、徐々に小塚さんとの交流が深まることになり、料理だけではないこんな注文も。「家でフォアグラを使った料理を作りたいのですが、スーパーでフォアグラを入手できないんです。どこで買えますか?」。すると「ウチの店で仕入れてあげるよ」と、小塚さんにフォアグラを取り寄せてもらったことも。また、「2001年でした。小塚さんが作るイカスミパスタが本当に美味しくって。“家で作らせて頂きたい”と相談をしたら、小塚さんは分かりやすく、かつ細かくまとめたレシピを、メールで送ってくださったんです」。そのレシピをベースにした「スパゲッティーニ イカ墨のソース」は、今や「バルカッチャ」のグランドメニュ−として生き続けている。

小学生の頃から料理人になりたかった。「当時、観るテレビといえば《料理王国》や、桂米朝さんが出演していた《味の招待席》でした」と宮本さん。サラリーマン時代、小塚さんからの紹介で辻調理師専門学校の夜間部で1年半学んだことも。さらには、小塚さんが独立し「ラ・ルーナ」を開いた後は、店で開催する料理教室の手伝いをすることも数多あった。「小塚さんの料理に対する考え方に、今なお刺激を受けています」と宮本さん。「まず料理を理論的に捉えられていること。“なぜそうしないといけないのか?”を小塚さんに聞けば、すぐに答えが返ってくるし、そこに無駄というものは一切なかった」。たとえば粉の話。“ピッツァ生地の風味が弱い。粉を変えるべきですか”と相談すれば、“粉に味がないのはどの成分が影響していると思う?”といったように、科学的視点によるレクチャーが行われたという。「論理的ではありましたが、それ一辺倒でなかったのが小塚さんです。“常にイタリア人がもつ感覚を通さないと、真のイタリア料理は作れない”と。イタリア人の心と、日本人の繊細な技をあわせ持った小塚さんの知識量というものは半端なもんじゃなかった」。宮本さんは、小塚さんの弟子ではないのだが、「僕はイタリアで現地修業をしたことがないだけに、今でも“イタリア人だったらどう作るか?どう食べるか?”という小塚さんの考えを常に重視しますし、分からないことがあればすぐにイタリア料理の原書を調べます。そのような考え方を教えてくださった小塚さんは、僕の心の師匠なのです」。

もうひとり。宮本さんが刺激を受けた人物がいる。福島に店を構えて今年10年目を迎えた、「ピッツェリア ダルブリガンテ」の店主・横野功さん。宮本さんにとってはピッツァ修業の師匠だ。会社を退職し、飲食業界の職探しをしていた宮本さんは、「スタッフ募集中」の張り紙を、ダルブリガンテの店先で発見した。すぐに入店しランチを食べた。「感じのいい店主だったから」と3日後、今度はディナーに訪れた。「じつは仕事を探していて。ここで働かせてもらえませんか?」と横野さんに懇願したところ「いつから来てくれますか?」と横野さんは即答。「え?面接は?と思いましたが、横野さんは“じゅうぶん喋ったから、面接は不要ですよ”と(笑)」。かくしてピッツェリアでの修業がスタートしたのだ。「横野さんは、小塚さんとは正反対の性格でした。たとえば、“ピッツァが丸く美しく焼けない。どうしたらいいでしょう?”と横野さんに問えば、“宮本さん、形は均一じゃないほうが個性があっていいじゃないですか。それよりも美味しく焼いてもらえれば”と。重要なのはレシピじゃない。一番大事なのはハートだと言うのです」。ある時、宮本さんはアワビを使ったパスタをまかないに作った。すると、横野さんは「これおいしーっすね」と完食。即、その夜の黒板メニュ−にアワビのパスタの名が書かれていたことも。「横野さんは具体的なことを何も仰らず、いつも精神論(笑)。だからこそ、個人の自主性を重んじる方でした」。

小塚さんと横野さん。両者の対極ともいえる個性により、宮本さんは独立後、自分なりにブレない考え方ができるようになった。「ひとつは、論理的でありイタリア人的でもある小塚さんの個性、そして横野さんならではの自主性。ピッツァを焼くときもスタッフに物事を教えるときも必ず、相反する2人の考え方というフィルターを通すことを心がけています」。

[2015年9月9日取材]

宮本さんは31歳で会社を辞め、料理の世界へ。大阪市内のイタリアンで約3年働いた後、「ピッツェリア・ダルブリガンテ」で3年、東京のイタリア料理店で1年経験を積み、2010年に独立した。
マンションやオフィスビルが連なる一角に佇む一軒家。店入ってすぐ右側の厨房に、エメラルドグリーンのピッツァ窯が鎮座する。
「ラ・バルカッチャ」
住所 大阪市北区豊崎3-5-17
TEL. 06-6373-8181
営業時間 昼/11:30〜14:00(L.O.)
夜/18:00〜22:00(L.O.)
※ランチ、ディナーともピッツァがなくなり次第、営業終了
定休日 火曜、月1回不定休
公式サイト http://la-barcaccia.com/index.php

[ 掲載日:2015年9月17日 ]