辞書を片手に読み込んだ“本”

学生アルバイトの延長でプロになった料理人は多いようだが、吉村雅博さんもそうしたひとり。イタリアンの道を歩み始めたのは、19歳の頃、京都で「カーサビアンカ」に雇われてからである。「料理について修業するのは初めてだったし、イタリア料理がどういうものかさえ知りませんでした」という話をうかがえば、きっかけはまさに運命的としかいいようがない。
吉村さんは、その修業時代に受けた刺激で、今に続くことを2つ挙げる。ひとつが、初のまかないで食べたタラコスパゲッティ。「ほんとのスパゲッティを知った以上に、タラコと和えていたのが衝撃的で。タラコスパゲッティが忘れられなくなった。和風スパゲッティとして広まるにつれ、和風ではない僕なりのイタリアンにするにはどうすればいいか、ずっと模索を続けていました」と話す。
2009年に構えた自店の「イタリア食堂 コロンボ」では、吉村さんの完成させたタラコスパゲッティが味わえる。無着色のタラコ、仕上げのレモン・オリーブオイル、青紫蘇・赤紫蘇の食材がそろい、理想に近づけられたという。今や、和風を超えたタラコスパゲッティだと評判を呼び、店の名物料理になっている。
「気になることは、考えたり試したり、飽きずにとことんまでやってしまう。他人は気にならず、自分は自分というB型人間だし、料理人に向いていたのでしょう」と、自己分析する吉村さんが、もうひとつ刺激になっているのは、本だった。
書名は「Le Ricette Regionali Italiane」。イタリア地方料理のリチェッタ(伊語のレシピ)と訳せる、大著のレシピ集だ。イタリア旅行で、後に「カーサビアンカ」のオーナーシェフになる那須昇さんに、この本は生涯使うものだと勧められ、迷わず大枚をはたいて買ったという。
「当然、載っているのは知らない料理ばかりですから、頁をめくるだけで奮い立たせてくれる。単語ごとに辞書で調べながら読んでいくと、作り方は共通する部分も多いので、段々とわかってくるのですね」そうして修業で教えられたことと合わせ、イタリア料理を身につける教科書みたいな存在になっていった。
知らないのは逆に強みにもなりうる。「見たこともない料理を作るのは楽しいし、作ってみるとわかってくることもあるんです。情報も増えていきます」現在の店で、本を使い込まれたツールのように扱うのを前にすると、吉村さんが刺激を受けながらイタリア料理とどのように向き合ってきたか、垣間見える思いだった。
2015年2月には待望の「イタリア菓子 コロンボ」を開店させた。タラコスパゲッティと同じように、吉村さんがこれまで模索し溜め込んできた“引き出し”のひとつ、イタリア菓子を実際に世に問うための店として設けられたようだ。
「最初の商品はティラミスと決めていたのです」それも、食後のデザートで、口にすっと入る究極のたかちを求めたものという。あまりにフワッとしているので、瓶詰めである。わずか一商品で始めたにもかかわらず、結果は、売り出すや評判になり、瓶詰めティラミスは早くも新しい名物となっている。
今後の構想をうかがえば、季節ごとのメニューになるような商品構成を考えているとのこと。レストランではなく食堂、スイーツではなく菓子、名前にも明快に表れている吉村さんなりの考えは、ゆるぎないようだ。「僕はイタリアンしかできないから、そのなかで僕なりに新しいことに挑戦していくしかないのです」これからは、2つの店での展開に期待と注目が集まる。
[2015年12月15日取材]



住所 | 京都市中京区寺町通二条上ル西側要法寺前709-2 |
---|---|
TEL. | 075-231-5577 |
営業時間 | 11:00~18:00 |
定休日 | 水曜日 |
住所 | 京都市中京区河原町通竹屋町上ル大文字町242 |
---|---|
TEL. | 075-241-0032 |
営業時間 | 昼/12:00~15:30(L.O.14:30) 夜/18:00~23:00(L.O.22:00) |
定休日 | 水曜日 |

[ 掲載日:2016年1月15日 ]