調理師専門学校時代の教科書、そして母が毎日作ってくれた味噌汁。

白澤 慎一さん
「ブリコラージュ チャイナ シン」店主

大阪・肥後橋にあるカウンターのみの中国料理店「ブリコラージュ チャイナ シン」。店主の白澤慎一さんは、四川料理に軸を置きながら、独創的な中国料理を提供することでも知られている人物。たとえば、“レモンが香る蒸し鶏”、“トムヤム風湯麺”など、「これってどんな料理?」と思わず尋ねたくなるメニュ—が、メニュ—ボードを賑わす。

出身は宮城県仙台市。高校卒業後、モノを作ることが好きだった白澤少年は、芸術大学か、はたまた調理師への道か悩んだ挙げ句、辻調理師専門学校への入学を決めた。「もともと食べることも好きでした。また、中学校の頃にテレビで放映していた“料理の鉄人”が忘れられず、料理人という職業に憧れを持ちました」と白澤さん。遠く東北から関西へと進学先を決めた理由はもうひとつ。「当時の友人たちとの関係を断ち切り、学ぶことに集中したかったから」。ストイックな若者である。

白澤さんは1年制の調理師本科に入学し、授業を受けるなかで自身の方向性が見えてくる。「入学前は、和食やフレンチなど繊細な仕事のイメージが強い料理ジャンルに憧れていました。しかし、一番最初に行われた授業で“陳麻婆豆腐”を食べました。そのとき、中国料理って何て旨いんだと衝撃を受けたのです」。その際、授業で使っていた教科書が「プロのためのわかりやすい中国料理(柴田書店)」だ。

白澤さんにとってかけがえのない本なのだろう。本の背表紙は外れ、各ページに読み込んだ形跡を感じる。この書籍は、辻調理師専門学校・中国料理技術顧問の松本秀夫先生と、同専門学校の中国料理研究室による共著。中国料理の概要、そして地方料理の特徴はもとより、調理器具や基本技術などについて書かれている。さらには、系統や流派を越えて幅広く利用していただけるようにと、中国語の読みは普通語と広東語の表記がなされているのだ。「この一冊を、一生かけて会得したいと常に考えています。また、自分自身が仕事をしていくなかで困った時、基本にかえることができる教科書なのです」。

白澤さんの料理人人生にとって、かけがえのない人と料理も存在する。「それは、僕の母が作ってくれた味噌汁です」。3人の息子、1人の娘を育てあげた白澤さんの母・礼子さん。「母は、うま味調味料を使うことが一切ありませんでした。煮干しでだしを取り、大豆の粒が残る合わせ味噌を用い、朝晩、食べる直前に作ってくれたのです」。修業時代、“いい味噌汁を舌に馴染ませてから、中華のスープのだしを勉強しろ”と言う師匠もいたという。味噌汁は、だしのうま味はもちろん、味噌の按配、さらには火加減…と、さまざまな要素が絡むからだ。「母が僕たち子どもに与えてくれた味の記憶に、いい意味で影響を受けているのです」。実家の近所に新しい店ができた際は、家族で食べに行くことも多かった。また、幼少時代、フォークとナイフを使ったマナー教室を体験させてもらえる機会もあった。「この教室は、食べることって素敵だなと、生まれて初めて感じた瞬間だったかもしれない」と白澤さんは保育園の頃の自分について語る。白澤一家の食に対する興味の持ち方が、彼の今を築いたのだろう。

自店を構えて4年目を迎える。店名にある「ブリコラージュ」とは、フランス語の造語で“その場で手に入るものを集め、試行錯誤しながら新しいものを作ること”。約10年修業した道頓堀ホテルでは、「四川飯店」出身の師匠を持ち、四川料理の技をとことん体に叩き込んだ。そんな白澤さんは、「四川料理をベースに、中国料理の範疇のなかの独創性を大切にしたい」と熱く語る。現在、ひとりで店を切り盛りするなかで、月に1度、北新地「避風塘 みやざわ」で開かれる、「深夜の勉強会(中国料理を中心とし異ジャンルの料理人が集まる)」に積極的に参加。「避風塘 みやざわのオーナーシェフ・宮澤薫さん主催によるこの会では、古典的な技術を教えていただく機会もあります。自分の店で営業をやっているだけではインプットできないことがとても多く、僕にとってはかけがえのない勉強会です」。また、自分の時間が持てる際は、料理ジャンルを問わずレストランを食べ歩き、学ぶひとときを作ったり、近くのイタリア料理店では手打ちパスタの技術を教わることもあるそう。

軸足はズレず、先輩料理人や同業者からのインプットを糧に、白澤さんは「ブリコラージュ」な味を、日々提供し続けている。

[2016年4月22日取材]

「プロのためのわかりやすい中国料理(柴田書店)」
雪蛤(ハシマ)と卵白の炒め 上海蟹の出汁と雲丹、黒トリュフ塩(1万5000円の上海蟹特上コースのなかの一品)ハシマとは冬眠に入る前のカエルの卵管部分。そのぷるぷるした食感に、炒めた卵白のふわふわと軽やかな質感が絡む。実はこの料理には文字遊びがあるという。ハシマは「雪蛤」と書く。よって、雪に見立てた卵白の中に、上海蟹と貝類の出汁が潜んでいる。二枚貝の出会いのような、マリアージュの意味が込められた一品。
カウンター8席のみの店内。2坪にも満たない厨房で、ひとり切り盛りをする白澤さん。
「ブリコラージュ チャイナ シン」
住所 大阪市西区江戸堀1-9-13 肥後橋双葉ビル 1F
TEL. 06-6447-7823
営業時間 18:00〜21:30(L.O.)
金曜 〜24:00(L.O.)
定休日 土・日曜日、祝日
(コース貸切営業のみ土曜日営業可<要相談>)

[ 掲載日:2016年4月27日 ]