近江牛と信念

店の紋章に“特選近江牛”“Steak”と掲げて40年。その間は「くいしんぼー山中」だけでなく、牛肉料理の専門店にとって由々しき事態がずっと続いているはずだが・・・
供給サイドには、1991年(平成3年)牛肉の輸入自由化がある。以降、関税も段階的に引き下げられ、安価な輸入牛肉が出回るようになった。2000年に入ると、BSEや口蹄疫が発生。2011年(平成23年)にはユッケ・焼き肉による食中毒事件も起こり、安全への配慮という新たな課題も出てきている。
消費サイドから見れば、次々と需要が掘り起こされるばかり。かつての“霜降り”偏重は見直されつつあるけれど、霜降り肉を重宝する人はまだ多い。また、その反動なのか赤身が注目されたり、熟成肉にも関心が集まるという次第。
しかし、「くいしんぼー山中」のオーナーシェフ山中康司さんはこう話す。「よい牛肉は、肉色が小豆色でキメ細かいツヤがあり、脂肪の融点が低く、自然で細やかな霜降りであるもの。嗜好はひとそれぞれですからブームもあるでしょうが、私は自分がよいと思う牛肉を美味しく食べてもらえるように料理するだけです」と、ゆるぎない。
その信念のもとになる出会いがあったという。「私が店を始めるとき、隣の滋賀県に近江牛があると教えられ、伝手を頼りに牧場と精肉販売店を営む福永義弘さん一家に出会ったのです。それ以来のお付き合いです」
近江牛(おうみうし)は、神戸牛、松阪牛と並んで三大和牛と呼ばれるが、畜産では400年以上と他よりも長い歴史をもつ。福永家の近江牛は、継承された肥育方法をもとに但馬牛の生まれて8ヶ月の仔牛を30ヶ月かけて飼育されている。「無闇にサシを増やしたりせず、大事に育てる姿勢や肉質への考えをうかがい、実際に味わって、これぞ本物の牛肉だと刺激を受けましたね」
店では月に何度か骨付き長ロースを仕入れ、自らが捌く。取材に訪れた日は仕入れて3日目だった。「あんた、ええ時に来たわ」と言って、捌いた赤身の小片を生のまま手渡された。口に含むと肉の香りはない、噛んでも柔らかな弾力があるだけで味は淡く感じる程度。水揚げされてすぐの新鮮な魚の味覚と似ている。つまり、牛肉は加熱されることでメイラード反応が起こり、あの特有の風味が生まれ、肉汁とともに美味しく食べられるのだというのがよくわかる。もちろん、美味しいのは質のよい肉を選んで使うからこそ。
今や牛肉をめぐる情報は錯綜気味だ。格付けは取引価格の目安なのに、最高ランクのA5が美味しい肉だともてはやされる。サシを増やすためのからくり、ビタミンAコントロール(A欠とも呼ばれる)の弊害が明らかになっても、霜降り肉のイメージは有効である。さすがに、霜降り度はそこそこが旨いと、適サシなる表現も現れてきた。熟成肉に至っては、ドライもウェットも確かな技術の裏打ちなしに標榜されるものが横行している。
「このままだと、またユッケ事件のような問題が起こるかも」と、山中さんは現状を憂う。山中さんのまともな“ものさし”から見れば、まわりの危うさが目立つのだろう。それらは、自身の立ち位置をより堅実にするためにある刺激とも呼べそうで、いつもと違い逆の刺激的な話をうかがったみたいに思うのだった。
[2017年6月7日取材]
*近江牛については下記のサイトを参照ください
近江肉牛協会
http://omiushi.jp
*格付けの仕組みや情勢については下記の資料を参照ください
資料:肉用牛(牛肉)をめぐる情勢
平成21年5月
農林水産省
http://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/tikusan/bukai/h2102/pdf/data6.pdf
*参照資料
資料:ビタミンAのコントロールを用いた効率的肥育技術
平成17年3月
社団法人畜産技術協会
http://jlta.lin.gr.jp/report/detail/pdf/kokunai_h016-1520.pdf




住所 | 京都市西京区御陵溝浦町26-26 |
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TEL. | 075-392-3745 |
営業時間 | ランチ/11:30~14:00(L.O.13:30) ディナー/17:00~21:00(L.O.20:30) |
定休日 | 火曜日・第3月曜日(祝日の場合は営業) |

[ 掲載日:2017年6月26日 ]