一冊の本とチーフの存在

早川 大樹さん
「Vena」オーナーシェフ

京都・丸太町。住宅街の一角に佇む、イタリア料理店「Vena(ヴェーナ)」。
「イル・ギオットーネ」で経験を積んだシェフ・早川大樹さんと、「ボッカ・デル・ヴィーノ」出身のソムリエ・池本洋司さんがタッグを組み開いた店だ。
「今の僕があるのは、“一冊の本”と“チーフの存在”があったからです」。早川さんは、にこやかに語り始めた。一冊の本とは、『ラ・ベットラ』落合務シェフ著の『シークレットレシピ』(講談社)。
高校を卒業した早川さんは2年弱、フリーターだった。「あの頃、地中海料理をジャンルに掲げている店でアルバイトをしていました。ピザやパスタ、パエリアもありましたね」と懐かしむ。当時、書店でふと目に入ったレシピ本が、『シークレットレシピ』だった。
“仔牛の薄切り ピッツァ職人風”や“オックステイルシチュー 、ポレンタ添え”。そんなイタリアでは定番の料理だけれど、聞き慣れないメニューが楽しげな文章と共に紹介されていた。さらに。落合さんの店のスタッフたちが、和気藹々と仕事をしている姿が、誌面からムンムン伝わってきたという。「この本と出会い、イタリア料理への憧れが募りました」。
当時、早川さんはバイトを複数掛け持ちすることもあり「金は稼いでいました(笑)。でも、そろそろ地に足をつけ、イタリア料理店で社員として働きたい」。そう心に決めた。

「タイミングよく、『イル・パッパラルド』で働いていた知人から、“ウチのチーフが独立するから、会ってみたら?”と」。紹介してもらった料理人が、“チーフ”こと笹島保弘さんだった。
早川さんは晴れて『イル・ギオットーネ』に入社。オープニングスタッフのひとりとして働き始めることに。「いざ入社してみると、朝7時から真夜中まで働く日々が続き。ただただ、しんどかった(笑)」。しかも。笹島さんの類稀なる発想と、独創的な料理の数々に「今だからこそ言えますが(笑)。京野菜やアマダイなど和の素材を使った皿は、和食みたいだイタリアンだなと。自分はもっと現地の古典料理を出している店で働きたいと思ったことも」。だから休みの日は、トスカーナ州やピエモンテ州など、各州のクラシックな味を提供している店へ、足繁く通った。「ある時、常連のお客様がチーフに、“アマトリチャーナと、イカスミソースのパスタを作って欲しい”と注文されました」。笹島シェフはいつも、少し多めに作り、厨房スタッフに試食をさせた。その時も同様に。「ガツンと衝撃を受けましたね。なぜならチーフが作った2種のパスタが、食べ歩きしたどのレストランの料理よりも美味しかったから」。この人の元で、もうちょっと頑張ってみよう。そう心に決めた瞬間だった。
「一番好きな古典料理は、休みの日に家で実践すればいい。職場で、チーフの自由な発想を学ぶことができれば、ダブルで勉強になる」。早川さんの決意は、自身のスキルにどんどん磨きをかけた。入社7年目にして支店の料理長を任されるまでに。「メニューを考えさせてもらうようになり、着地点がイタリアンであればいいとさえ思うように」。結果、料理本を読まなくなった。「レシピを見れば、“あぁこんな料理ね”と想像できてしまうし、模倣するのが嫌なので」。一方、毎朝出向く市場で、店先に並ぶ食材からインスピレーションを受けて料理を考えるように。古典を軸に置きながら、季節感や、ちょっとした遊び心など柔軟な発想が加わり、メニューに創造性が生まれたのだ。
独立後も、季節の食材と対話をすることを大切にし続けている。「月1回のペースで来てくださるお客様もいらっしゃいます」。だから飽きさせず、奇抜になりすぎずの絶妙なバランスが早川流。夏のコースで供された肉の前菜。仔牛フィレ肉のカツレツなら「唐揚げみたいに二度揚げすると、香り・味わい共にぐっと深みが出るんです」とにっこり。熊本天草産 天然岩牡蠣のタリオリーニの場合、岩牡蠣は殻のまま約60℃でゆっくり1時間茹で、ぷっくりと厚みのある身をシンプルかつ大胆に、手打ちパスタに合わせる。食材のポテンシャルを生かす技が見事なのだ。そんな料理はもちろんの事、ソムリエ・池本さんが見立てるワインとの相性を楽しませるのもこの店ならでは。
「何かと似ていてはいけない。流行りにも乗らない」。一冊の本から始まったイタリアンの料理人としての人生。チーフとの出会いにより、早川さんならではのオリジナリティが開花し、より一層、輝きを放ち続ける。

[2018年5月17日取材]

2016年12月オープン。早川さんによる独創的かつ華やかな料理に、池本さんがイタリアワインのペアリングを提案。その阿吽の呼吸が食べ手を惹きつけてやまない。
イタリア各地の郷土の味をベースに、独創的な料理を展開する早川さん。「食材のポテンシャルをいかに引き出すかを大切にしています」と話す。
店内を彩るアンティーク雑貨や家具には、池本さんのセンスがキラリと光る。セラーには池本さん自慢のバックヴィンテージも多数揃う。
「Vena」
住所 京都市中京区鏡屋町46-3
TEL. 075-255-8757
営業時間 12:00~13:00入店、
17:30~21:00入店
昼コース6000円、夜コース1万3000円(※共にサービス料10%別)
定休日 水曜、木・金曜の昼、月1回不定休

[ 掲載日:2018年10月22日 ]