この場所に動かされて

木山 義朗さん
「木山」主人

京都御所は、主がいなくなって150年経つのに、京都の中心であり続けている。現在は御所と周りの公家屋敷跡や園庭なども含めた広大な空間が国民公園として整備され、京都御苑の名で親しまれている。出入り口は四方に何カ所か開いているけれど、正殿の正面に通じる南側には堺町御門ひとつしかない。その門から丸太町通りをはさんで少し下がった好立地に建つマンションの1階に『木山』がある。開業は2017年4月。木山義朗さんが勤めていた京都の老舗料亭『和久傳』から独立して構えた店だ。

日本料理を修業した料理人が初めて自分の店を持つ場合、多くはカウンター席の小振りな割烹形式になりがちだが、『木山』は違う。既存空間の広さに合わせてカウンター室や個室に分けた複数の部屋を配置し、20席に対応できるよう造られており、設いは端正かつ新奇な気負いもないから居心地がよい。開業にあたりよく考え準備したのではないかと木山さんに問えば、どうもそうではないらしい。「いずれは独立をと思っていたくらいでした」そうしたとき、この場所に空きがあると情報をもたらされたことがすべての始まりというのだ。

「堺町御門へ続く気の通りがよい場所にご縁をいただき、ここで店をしたいと心が動かされました」とはいえ、場所ありきで独立は無謀すぎやしないかと思われるが、これもどうやらそうではなかった。

木山さんは『和久傳』へ修業に入って15年経っていた。その時点では『京都和久傳』(京都伊勢丹内)の料理長を務めていたし、早くに系列店の料理長も経験していた。いつ独立しても不思議ではない経歴だったのだ。「女将さんからは、何事もタイミングというのが大事。そのときが来たら考えようと言われてました。それで、この場所ならと確認してもらい」、ことはトントン拍子に進んでいった。

では、何を売りにするべきか。これも用意されていたとしか思えない話になる。「師事していた前の総料理長からの助言もあって、お客さまの前で鰹節を削り、出汁を引く。日本料理の原点に戻って、出汁を主役にしたいと思いました」奇を衒うわけではないが、節を削るのを見てもらい、日本料理の基本である出汁文化を大切にしていることを伝えたい。ならば、料理は茶懐石にならって椀ということになる。

「椀物は亭主の器量を表すものだと、煮物椀がいかに重要かも教えられていました。その総料理長には二番手の煮方で付いたので、鍛えられました」あれこれ迷わず、信頼する師匠のことばと自分の心に従った結果、客前で節を削ることは評判になり、椀主体の懐石コースはいまや『木山』の代名詞になっている。

幸運な話はまだあって、工事中に井戸を掘ったら京都特有の地下水が汲めるようになった。標準硬度60以下の超軟水だから、出汁を引くのによく合うそうだ。コース始めにこの井戸水が白湯で飲め、硬度が低いとマグネシウムなどの含有量が少なくなるから、まろやかな口当たりの感じがよくわかる。

話をうかがうと、いい場所さえ見つかればすぐにでも独立できそうに見えるけれど、さにあらず。木山さんには『和久傳』での経験がある。「若輩でも大人数を束ねる料理長を任せられ、料理以外のことも随分と鍛えられました」というそれは、生産者とのつながり、仕入れの仕方、コスト管理、スタッフが働きやすい環境づくり、お客さまとの接し方、器使いなど多岐にわたるようだ。そうして、老舗の暖簾を守る大店は、店主となるに相応しい料理人を送り出しているのだと納得できた。ただし、修業さえすれば誰でも木山さんのようになれるわけではない。本人の日頃からの努力しだいなのである。

[2020年1月23日取材]

鉋(かんな)を逆さに使う特製の削箱。この日は3種の節が用意されていた。鰹節が2つ、天日干しした1年ものと黴付けされた2年もの、それと1年ものの鮪節。削られるたびに貯まる削り節から香りが漂う。
利尻昆布からとった出汁とブレンドした3種の削り節を合わせて一番出汁を引く木山さん。濾し器も特製とか。
1月の昼のコースから。先付の椀は、白みそ雑煮。海老芋と壬生菜がみえる。メインの椀は、甘鯛と筍を合わせる。いずれも出汁は昆布と3種の削り節から引いた合わせ出汁。
木山
住所 京都市中京区堺町通夷川上ル西側 ヴェルドール御所1階
TEL. 075-256-4460
営業時間 昼/12:00~15:00(ラストオーダー13:30)
夜/18:00~22:00(ラストオーダー19:30)
定休日 不定休
マンションの外側に設けられた店のアプローチ。店は茶室を思い起こすミニマムな造りで、にじり口に似た玄関へと誘う。

[ 掲載日:2020年2月20日 ]