人生の偉大な師匠。
-今吉正力さん・マキコさん-

大阪・京町堀。シンプルな佇まいのビル2Fに、高橋多弥さんが営むワインバー「Sabor a mi(サボラミ)」はある。「私自身、休日の昼酒が好きだから」と、15時オープン。自然派ワインをメインに供し、寄り添う料理は、高橋さんの相棒・女性シェフの内藤みはるさんが一手を引き受ける。まるで姉妹のようにトーンが似た、ふたりが醸す、ほんわかとしたムードがじつに心地よい。
「心から楽しんで仕事をするのが、お客様にも自分たちにも一番大切かなって」。そう、にこやかに話す高橋さんには「飲食の世界って楽しい!」と感じさせてくれた人生の師匠がいる。
『豚玉(現 たこりき)』の店主・今吉正力さん、マキコさん夫婦だ。
かつて高津神社近くにあった『豚玉』は、鉄板焼きと和洋中ボーダレスな料理を、ワインとともに楽しませてくれた、今となっては伝説的な一軒である。
高橋さんは辻調理師専門学校卒業後、料理人としてスタートを切り、「接客の楽しさに魅せられ」サービスへと転身。ビストロ『トォルトゥーガ』や、ワインバー『ピュール北新地』、かつて玉造にあったビストロ『ル・ピリエ』などで勤務した。「ワインを体系的に学んではいないのですが…。ほぼ我流で」ソムリエの資格も取得。その後、「トォルトゥーガ・萬谷浩一シェフや、ピュール・宮浦和美さんの紹介で」、出会ったのが今吉夫妻だ。「豚玉で働き始め、飲食の仕事ってホントに楽しんだ!と実感する毎日でした」。
出勤してまず、店先に咲くバラに水をやるのが日課だった。「今吉さんは、仕込みが落ち着くと紅茶を淹れてくれるんです。それがもう、最高に美味しくって」。飲食業という多忙な時間の中に、ささやかではあるが人生のゆとりがあった。
穏やかな店の空気とは打って変わって「豚玉にお越しになるお客様は、著名人から食通の方まで、すごい人達ばかり」。だから、恐ろしくワインが売れる店だった。しかもグラスワインではなく皆がボトルを頼む。そこには、今吉さん独自の基準があったからだろう。「私が自然派ワインを好きになったのも、今吉さんのおかげです」。
話は遡ること2000年代前半。関西で自然派ワインが注目を浴びる少し前のこと。「あの頃の自然派って、当たりハズレがよくあり。ビネガーみたいに酸っぱいものがあったり、硫黄のような還元臭がある一本に出合うことも」。今吉さんの元で、ソムリエールとして経験を積む中、「なんて喉通りが良く、味わい深いの!?」と、自然派ワインのおいしさに、どんどんめり込んでいった。それには理由があった。
「今吉さんは、自然派ワインを育てていたんです」。
『豚玉』の2階は、部屋ごとワインセラーだった。今吉さんは、数千本にも及ぶワインを、室内で熟成させていたのだ。当時、自然派ワインを長期熟成するという定説がなかった。しかし、寝かせて飲み頃になったワインを日々、お客さんに供していた。「私と今吉さんの二人で、開けては飲んで、どの生産者のボトルが熟成に適しているか実験・実践することも」。そして味覚は鍛えられていく。
「今吉さんはいつも、予約帳を見ながら“このお客様には飲み頃のあのボトルを出そう”って。ご常連の好みをふまえ、あらかじめ提供するボトルを1本1本決めていたのです」。
営業が始まり、ご常連が今吉さんにワインを頼む。すると「あのー。ウチにはソムリエールがいますのでー」と、ワインの全てを高橋さんに任せた。「お客様、最初は不安だったでしょうね。なぜ、今吉さんが選んでくれないの?って(笑)」。高橋さんは、接客担当として常連客とのコミュニケーションを楽しみながら、いつしか自然派ワインの審美眼を付けていく。
「ワインが進む、ここにしかない味」と誰もが舌を巻く料理は、今吉さんが調理しマキコさんがサポート。キッシュやポテサラ、春巻きなどのおつまみ盛合せがあれば、生地から作る水餃子、リゾットのコロッケなど、ジャンルに捉われない味づくり。そして〆にはスペシャリテの豚玉を。「今吉さんは、自分が好きなものだけを作っている。だから誰もマネができない」と高橋さんは絶賛する。
影響を受けたのは料理やワインだけでない。映画や音楽や、文楽、はたまたペタンクなどアグレッシブな趣味まで。あらゆる視点、モノの見方を教えてくれたのも今吉夫妻だった。ふたりの店で働き始め、気づけば10年もの歳月が流れていた。
18年5月に『サボラミ』開店。目の前のビルに絡まる蔦のグリーンを借景に、BGMに流れるはボサノヴァの爽やかな音色。自然派の透明感溢れるワインがぴったりのシチュエーションは、一杯のつもりがそうはいかなくなる。長居する客が多いというのも、大いに頷ける。
「サボラミには、取り立てて何もないけれど」と高橋さんは謙遜するが、「今吉さん・マキコさんのように、好きなことを真っ当にやって生きていきたいです。ブレずに自分たちが大切だなと思うことを貫き通すことができれば」。高橋さんらしい、やわらかな笑顔の奥には、揺るぎない信念があった。
[2020年6月1日取材]撮影・文/船井香緒里



住所 | 大阪市西区京町堀1-9-21 京岡ビル2F |
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TEL. | 06-6136-5368 |
営業時間 | 15:00~22:00フードLO、24:00閉店 |
定休日 | 水曜、不定休 |

[ 掲載日:2020年6月22日 ]