僕の人生を変えた名著「十皿の料理」

神戸・元町にあるレストラン「fusible」。室之園 俊雄さんがマダムでありパティシエールの尚美さんと開いた小さなレストランだ。
ふたりはフランスのレストランでの修業経験も。現地で培った経験を軸に、ジャンルに捉われず「自分たちが感動した経験、そして生産者など関わる方々の想いなどが混ざり合う、新たな創造を」。その想いは店名の「fusible」(=溶かされ融和するという意味)に込められている。
「いい本があるから読んでみたら」。
辻調理師専門学校卒業後、ウェディングも手がけるレストランに就職し、1年たったある日のこと。職場の先輩から手渡された一冊が、【御馳走読本 十皿の料理―コート・ドール 斉須政雄(著)朝日出版社】だった。「君はここでもう学ぶことはない。もっとステップアップしていいんだ」という言葉とともに。
「あの頃の僕は、本格的なフランス料理の知識や経験があるわけでもなく」。だけど斉須政雄さんが語る十皿の料理に、味づくりの背景にスーッとめり込んでいった。
それはパリ「L'AMBROISIE(ランブロワジー)」の調理場での一幕、斉須シェフの視点でみるベルナール・パコー氏の存在だった。
「ある一文に“彼はいつでも黙って、隅っこで手を動かしている。子供が泥んこ遊びをしているような様子です”と。こんなに楽しそうに、子供みたいに夢中で試作を繰り返す天才シェフが世界にはいるんだ!って衝撃的でした。パコー氏と苦楽を共にされた、斎須シェフにお会いしたい」。
居ても立ってもいられず、室之園さんは「コート・ドール」へ食事に伺った。季節の野菜のエチュベ、赤ピーマンのムース、えいとキャベツ……。本で紹介されていた憧れの料理を味わい、「素直に、ただただ感動しっぱなしで」。さらに衝撃だったのは、食後に「料理人さんですよね、中見ます?」とスタッフに案内された厨房でのシーン。「笑顔の斉須シェフが中心にいらっしゃって。スタッフの皆さんがそのまわりで一生懸命働かれている。僕がめちゃくちゃ憧れていた光景でした」。
その後、室之園さんは上京。神楽坂にあるフランス料理店「ラ トゥーエル」で2年半、調理とサービスの経験を積み、ソムリエ資格も取得。「山本聖司シェフのおかげで、フランス料理の奥深さを学びました。また、欧州で活躍するシェフたちとの交流もあり、海外に興味を持つきっかけが生まれ」、2015年春に渡仏した。
「4年間、フランスで過ごした日々はラッキーなことしかなかったです」
室之園さんの類稀な行動力と熱意があったからこそ、実直に一歩一歩、チャンスを掴んでいくことができたのだろう。
最初の1年間は、ワーキングホリデー制度でフランスへ入り、語学学校へ通いながらレストランを食べ歩く日々を過ごした。「出来るだけ食べに行き、働かせていただける場所を見つけたかった」。最終的に絞った3軒のレストランの中の、フランス南部・アルデーシュ地方の星付きレストラン「Likoke(リコケ)」での研修が叶った。そして半年後には就労ビザも下り、ますます腕を磨くことに。
「Likoke」では、日本の調理場にはない独特の雰囲気があったという。「休憩中も“あの本読んだ? あのレストラン行った!?”と、料理の技術やレストランについての話題ばかり。しかも、先輩たちは古典から最新の技術まで、聞いて答えられないことがなかった」と、室之園さんは当時を懐かしむ。
「つまり、皆が料理オタクなんですよ(笑)。なかでも、僕の人生を変えてくれた料理人がいました。シェフのAnthony stoop(アントニー・ストープ)。まさに彼は、天才シェフ! 僕のなかの、ベルナール・パコー氏がここにいたんだ!と直感しましたね」。
それはテクニカルな面はもちろんのこと、「アントニーは、来る日も来る日も楽しみの延長線上で料理を作っていました。「十皿の料理」を読み進めると、斉須シェフはご自身の仕事をされながらもパコー氏の動きを深く洞察しておられたんだと感じます。烏滸がましいですが、あのシーンとシンクロするような感覚でした」。
室之園さんは、シェフ・アントニーから重要なポジションを任されるように。ベルギーで開かれた1ヶ月限定のポップアップ・イベントでは、1日100人が食事に訪れる会場でメイン・セクションも担当。また、ベルギーやオランダなどの3ツ星レストランとのコラボレーション・イベントにも参加させてもらえることに。「料理人としての経験がまだまだ浅い僕でしたが、一つ一つ真面目にやることの大切さを学びました」。
その後、2018年末にはパリ「Dersou(デルス)」での研修も叶った。
「故・関根拓シェフのこの言葉が、「fusible」の根底にはあります」。
—ごく限られた一部の食通へ向けて、料理を作るのではない。
幅広い人に楽しんでもらえるような料理を作ることが大切なんだー
なるほど、と合点が行く。「fusible」の味づくり、そしてコース構成と価格設定は、定期的に通いたくなる魅力に溢れているから。室之園さんは、フランスの古典をベースにしながら、日本の四季を、食材やその組み合わせで表現する。そのクロスオーバーな感覚が見事なのだ。スープ・ド・ポワソンや、カイエットなど現地で会得した地方料理なら「現地のおばぁちゃんが作っているというイメージで」と、リアリティを大切にする。
また、料理書から学ぶことも相当多いという。「『オテル・ド・ヨシノ』手島純也シェフ著の書籍もめちゃくちゃ読み込み、そして実践させていただいています。料理書を読んでいると、そのシェフと会話をしているような感覚になるのが有難いですし楽しくって」。
「十皿の料理」そして、類稀なシェフとの出会いを胸に刻み、室之園さんは今日も調理場に立つ。
[2021年6月9日取材]撮影・文/船井香緒里




住所 | 神戸市中央区北長狭通5-1-13 ベルビ山手元町1F |
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TEL. | 050-3204-3196 |
営業時間 | 通常は18:00~23:00(土・日曜は12:00~15:00、18:00~23:00) |
定休日 | 月・火・水曜 |
公式サイト | https://fusiblekobe.com/ |

[ 掲載日:2021年6月21日 ]