師匠・森 正男の教え。

上岡 誠さん
「仁修樓」店主

上岡 誠さんは、数々のホテルで中国料理の技を磨き、2019年秋に独立。地元である京都・北区に、カウンターが主体の中国料理店「仁修樓」を開いた。広東料理を軸にした、繊細さが際立つ味づくり。奇の衒いがない料理はもとより、唯一のホスピタリティが評判を呼び、瞬く間に予約が取りづらい店の一軒に。

ホテル修業時代、お客様と対面しながら調理することがなかった上岡さん。だが今、カウンターに立つ悦びを噛み締めながら、リピート客を獲得し続ける理由は、一人の料理人との出会いがあったからに違いない。
その人物とは……「僕の師匠・森 正男です」。
森氏は2011年「エクシブ有馬離宮」開業と共に、中国料理「翠陽」料理長に就任。現在は「芦屋ベイコート倶楽部」にある中国料理「眺遊楼」料理長を務めている。
上岡さんは「エクシブ有馬離宮」に8年間在籍していた。「当時、師匠には、料理人として、さらには人としての生き様を、叩き込まれました」と懐かしむ。
「森料理長は、スタッフみんなに檄を飛ばすことはほぼなかったです。私たちスタッフが、料理長室にお茶を運んだ際に、お言葉を下さいます。“良い”か“悪いか”の2択のみ。僕は、ほぼ後者でしたけど」と苦笑する。しかし、なぜそうなのか、師匠は何を求めているのか……「一を以て万を知る」感覚を日々、養っていく。

「いつも師匠の目が語っていました。それは、“職人になりすぎないように”ということ。直接聞いたことはないですが、そう感じ取りました」。技術は自己研磨できる。重要なのはそこじゃないんだ、という視点。
日々、ホテルのバックヤードで調理をしているとお客様の顔を見ることはほぼない。それゆえ、マンネリを感じることがあれば、たとえ満席の日でも前もって手順を整えることだってできる。そんな慣れや少しの気の緩みも、森氏は見逃さなかった。「“昨日と今日は一緒やないぞ。壁の向こう側には、待ちに待った今日を迎えるお客様が、毎日来てくださっているんだ”と」。
いかに円滑に、ミスなく回していくかに注力していた上岡さんは、ハッとなった。スイッチが切り替わった瞬間だったかもしれない。
「職人気質よりも大事なものは人間性、つまり心配りなんだ」と。
お客様がテーブル席につかれた際、急遽、子供向けのアレルギー食材の対応をしないといけないこともあった。「そこで舌打ちする日にはもう、師匠から雷が落ちましたよ。その子にとっては忘れられない旅の思い出になるかもしれない」と想像しながら、フレキシブルに対応をした。いっぽう、お祝いの席には、野菜の飾り切りでテーブル席に花を添えた。見えないお客様を思い続けながら、心を込めて料理をする。サービススタッフを介して、肌で感じる、お客様からの反応が嬉しかった。

その感覚を日々、肌で感じられる「仁修樓」のカウンター席が、今となっては上岡さんの舞台に。
オープンキッチンの脇には、中国・広州にある工場で作ってもらった特注品の炉が鎮座。
鶏や豚、ガチョウなどの丸焼きもできる。この炉で焼き上げる広東式ローストが、コース料理のスペシャリテの一つだ。
「料理は皿の上だけのものではない。香り、湯気、調理の音、料理人の表情…。目に飛び込むものすべてが今の「仁修樓」です」。
森氏から学び取った、職人気質だけにとどまらない料理人としての生き様。たとえばそれは、お客ごとに、何を食べ、何を好まれたのかを記録し、次回の献立に生かすなど、その心配りは計り知れない。
「人と人とが繋がる、ご縁の場でありたい。私はたまたま料理が得意だった、と言うだけです」と謙遜しながら、上岡さんは今日もオープンキッチンに立つ。

[2021年10月13日取材]文/船井香緒里

華修コースより、錦綉花拼盤(ある日の前菜盛合せ)。「アキレス腱の煮込み」や「自家製 猪ベーコンの大根餅」をはじめ全6品。飾り切りした人参の花が映える。
「広東焼味盤」。雛鳥のローストは、しっとり繊細な身質。豚バラ肉のクリスピーローストは、食感鮮やかで清々しい脂が迸る。
特注の炉は、小型ロケットのような風貌。ガス火で石を焼き、その熱で鶏や豚などを焼き上げる。「日本のガス規格に合わせて作ってもらった特注品です」。
「仁修樓」
住所 京都市北区紫竹北栗栖町2-12
TEL. 075-366-8843(要予約)
営業時間 18:00〜20:00最終入店
定休日 水曜
料金 華修-KASHU-コース¥16,500(税込)他
公式サイト https://www.ninshurou.jp/

[ 掲載日:2021年10月26日 ]