人生の師匠「カハラ」森 義文さん

大阪・天神橋筋六丁目。長屋が建ち並び、暮らしの匂いが漂う細路地の一角に「こすだ」はある。店主・小須田浩之さんが一人で切り盛りする、カウンター4席だけの酒肴の店だ。小須田さんは、北新地の名店『カハラ』で20年経験を積んだだけあり、「僕の人生に多大なる影響を与えてくださった料理人。それは、人生の師匠とも言える『カハラ』森 義文さんです」と、にこやかに話し始めてくれた。
東京・板橋区で生まれ育った小須田さんは、高専卒業後「ダイキン工業」に勤務していたが「学生時代にバイトしていた居酒屋の、地元で愛されているアットホームな雰囲気が忘れられず」サラリーマン生活にピリオドを打つ。22歳の時、調理師学校に入り、その後は東京にある老舗洋食屋『むら八(閉店)』で経験を積んだ。
母の友人の紹介もあり『カハラ』の名を知ったのは24歳のとき。「大きなレストランで修業を、という選択肢はありませんでした。小さい店の方が、教えていただけることは多いと思い」森 義文さんの元で働くことに。最初の1年は厨房に入り、その後の19年間はカウンター席を前にサービスを担当した。
20年もの間、家族以上に時間を共に過ごしてきた師匠からは「料理やサービスに対する姿勢はもちろん、生き様を学ばせていただきました。感謝してもしきれないです」。そう言って真剣な眼差しをみせる小須田さん。
たとえば接客であれば「お客様ひとりひとりが興味を持たれているコトを、いち早く感じ取りなさい」という森さんの言葉が忘れられない。料理好きの方がいらっしゃれば、器、あるいはワインに興味があるお客様も。時には、二人きりの世界に入っていたい方も。その状況を小須田さんは、目ではなく“耳”で察知しながら、日々サービスに徹した。それはお客様の会話だけでなく、カウンター前からは見ることができない厨房についても同様に。つまり、調理の“音”である。「あっ今、火をかけたな、魚を焼き始めたな…とか。じゃぁもう少しお客様と会話をして時間の調整をしよう、など。耳に入ってくる声や音、が接客の重要な要素を占めていました」。
そのカウンター8席だけのフロアには、普段出会うことのないような著名な方々の姿も。ご常連である有名作家は、大切な言葉を手紙にしたため、小須田さんに手渡したという。「忘れもしません。その手紙には、“お皿は最後まで目を離さず、お客様に心を込めて提供すること”。“鏡で笑顔の練習をすること”など。ずっと僕の胸に残り続ける大切な言葉が綴られていました」。それは、こんなきっかけがあったから。「ある日、そのお客様に小皿料理を提供させていただいた時でした。忙しさにかまけて、隣のお客様へすぐにお料理をお出ししたところ、“ちょっと小須田くん。途中で気をそらしちゃダメだよ。最後まで見届けないと、客の楽しみは半減するよ”とアドバイスをいただいたのです」。このように小須田さんは日々、食の感度が高い『カハラ』のお客様を前に、サービスマンとして鍛えられていく。
そんな仕事中はもとより、オフの時間も師匠の教えに倣った。「それは“食べ歩きをしなさい”という一言でした」。基本的に食べることが大好きな小須田さん。休日のお店めぐりはもちろん、仕事帰りは決まって、京橋の焼き鳥店『うずら屋』に出向くことが多かった。「2013年に閉店して今となっては伝説の焼き鳥です。当時は朝5時まで営業をしていて、森さんをはじめ、料理人やソムリエの先輩方が来られることも多かったです。何しろ店主・宮本幹子さんにはプライベートでずっとお世話になっていて、僕にとっては先輩であり、何でも相談できる仲間です」。森さん、そして宮本さんは、大事なバックボーンだと、小須田さんは微笑む。
21年11月に開いたカウンター4席のみの自店では、「『カハラ』で学んだ味づくりを、シンプルにお出しできたら。僕には技術がないですから」と謙遜する。
酒肴が続くおまかせコース。1品目では、ライムの皮を裏返したところに季節の日本酒を注ぎ入れ、清々しい香りを楽しませる。さらに、飲み干したライムのお猪口に、たっぷりのイクラを加えるなど、左党の心をぐっと掴む趣向が楽しい。
7〜8品の創作料理に続き、麺物はビーフンにどっさりのカラスミをかけて。「森さんの料理に名物料理は数多ある中、蕎麦のカラスミがけも人気でした。その類稀な食材の組合せ、塩分の利かせ方、旨みの乗せ方など、森さんならではの味づくりには今も感心させられることが多いです」。
森さんから学んだこと、そして初心の気持ちを忘れずに。「自分が飲みに行きたいと思う店を、お客様目線で」。小須田さんの挑戦は続く。



住所 | 大阪市北区国分寺2丁目3-13 2F |
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TEL. | なし |
営業時間 | 18:00・21:00一斉スタート |
定休日 | 不定休 |
料金 | コース10,000円 |
SNS | https://www.instagram.com/pnekodaq/ ※SNSから要予約 |
[ 掲載日:2022年4月27日 ]